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投稿者:石川
 イギリスのに非常にシニカルな部分と、超ビジネス的な作り方と言うのは、YBA以降もう伝統として根付いているものですよね。
 それがアカデミズムのアンチとして機能していないと言うことは確かかもしれません。
 日本の評論家や美術関係者の間でも好き嫌いがはっきりと分かれるところです。
 そのどちらにもいけなかった作家と言うのもいてオピーやドイクなんてもしかしたらそういう作家だと思います。そのどれが良くてどれが悪いと言う問題ではないのです。
 個人的にはジュリアン・ウェアリングとか好きですけどね。けどサーチの倉庫が燃えて、サーチがYBAなどの作品を売却して、これからは絵画だぁなんて言い出すもんだから、大変なんでしょうね。
 彼らはニューペインティングのアンチとして出てきたわけですが、サーチがそれに大きく貢献していたわけですが、まったくの逆戻りをするわけですから。彼らは気持ちの上できついんじゃないかしら。
投稿者:okyabe
私が見た限り、作品のクオリティーは高いし、プレゼンテーショ
ンの仕方は面白いと思いました。私はfoglessのreviewから名無し
さんがおっしゃるような適当さは感じませんでした。(という
か、私がうまくかけなかった分、よく説明してあると思ったぐら
いなんですけど、、、。)
ただ、おっしゃるように、皮肉的な作品、お笑いに近い感覚の作
品はその一瞬の印象が強い分、なかなかうまく人に伝える文章を
考えるのが難しいですね。うーん、ただ、美術が内輪的になって
いるかどうかは、わかりません。このケースだけではなんとも。
投稿者:名無し
 こんにちは。
 linkのfoglessのページを読ましていただきました。
 最近のfoglessのreviewに関して感じるのですが、伝統的なartや保守的なartを批判する気持ちはわかるんです。
 けれど馬鹿馬鹿しさや、スキャンダラスなもの、ナンセンスなものを称揚してる時にずいぶんと適当に聞こえてしまう時があります。
 わたしもそういった作品が好きなんです。けれどここで言われる時の馬鹿馬鹿しさの徹底っていったい何なのでしょう?わたしはLondonにはいないのでわかりませんが、写真を見る限りだと作品のプレゼンテーションのされ方、ヴィジュアルの作りこまれかたは、まさにart作品!的な感じがします。
 Susan Sontag(スーザンソンタグ)のcamp(キャンプ)とかそういう意識が薄くなっているようにも感じて、逆に内輪、美術業界的な気が私はしてしまいます。それはすごくナンセンスです。
 ここ日本では、笑い、ギャグの文化(お笑いや漫画)があります。彼らはすごいリスクを負いながらも、作品としてはものすごい力を持っています。かつ爆笑問題(そんな好きではないけれど)のほうが、美術よりもよっぽど批判力を持っていませんか?しかもこれらの分野は、商品として逃げず内容で勝負するもっともシビアなはずです。小説家も泣かせるより笑わせる文章のほうが難しいと言います。
 ですから、わたしはこういうケースで、美術に違和感、不信感を感じてしまいます。なぜなら美術であることのおごりが見えるからです。
 でも本物の作品を見ていないのでこんなことを言ってはいけませんね。これはあくまでもレビューに対して思いました。
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