2011/5/21
被災地ボランティア 2日目 商工会活動
1日目の作業を終え仙台市の秋保温泉で宿泊。
2日目は朝6時に出発、女川町竹浜(たけのはま)という小さな入り江の漁港へ。
昨日からここで作業をしていた10人(前日夜、2人帰宅)と共に皆での作業。

この地域にボランティアが入るのは今回が最初らしい。
津波で壊滅状態の倒壊した家屋の瓦礫の中から漁で使用する網やブイ、カゴを集めたり、崩れた屋根、瓦礫の撤去など。
ここではやはり山崎君(造園土木)が持ってきた重機が大活躍。

屋根の撤去をするにはまず瓦を下ろす。
瓦を取り除いたら屋根を人力にて分解。
それぞれが柱や梁を担ぎ撤去していく。
瓦礫の中には釘やガラスなどが沢山あるので本当に危険だ。
板に打ち付けてある釘が上を向いているので気を付けなければならない。
現地ではよく釘の踏み抜き等で破傷風になる事があるらしい。
・・・現に私も釘を踏んで足に刺さる寸前だった。

この地域の津波は2階の天井まで来たらしい。
津波に流されたが山の中腹にある神社に何とか逃げ延び助かったお年寄りの話を聞いた。
ここでもまた神仏によって助かった方がいたのだ。
また周りの家屋は流されても神社の階段下、入り口の鳥居は倒れることもなく無事だった。

時間の都合上、本当に微力でしかなかったが撤去した家屋のおじいちゃんに何度もお礼を言われた。
『国は何にもしてくれない・・・』じいちゃんの言葉が辛かった。
前日にはお婆ちゃんが涙を流しながら『本当に有難うございます』と言われ、なんとも言えない気持ちになったという。
テレビで報道されるのは本当にごく一部。
まだ自衛隊や企業、ボランティアなどの支援が行き届かない所が本当に沢山あるのだ。
2ヶ月経っても一向に復旧が進まない所もある、自分の目で見てきたこれが現実。
現地を去るとき、おじいちゃんに
『お父さん、怪我しないでね。身体に気をつけてね。』と言う事しか出来なかった。
とても『元気で頑張って』なんて言うことは出来ない・・・。
喉まで出掛かった『また来るね』と言う言葉も正直言えなかった。
被災地を訪れる度に募る想い。
多分、ボランティアの人達は皆同じ思いをしているだろう。
商工会のメンバーでのボランティアは一般のボランティアと比べその道のプロ集団が行くので短い時間でも活躍できると私は思う。
そういった活動がこれからも沢山増えていく事を切に願うし、これからの長い年月必ず必要だ。
1年やそこらではこの震災から復旧、復興は無理だと思う。
テレビでは復旧、復興が進んでいる特集などが報道されるが場所によっては震災直後のまま困っている地域が本当に沢山あることを忘れないで欲しい。
また、自分に出来る事を背伸びせず、これからもずっと続けて欲しい。
私もまたこれからも自分に出来る小さな事でも必ず続けたいと思う。
宮城県牡鹿郡女川町 竹浜
海は元のキレイさが完全に戻っては無いらしいが、静かで美しい景観を見せてくれている。
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2日目は朝6時に出発、女川町竹浜(たけのはま)という小さな入り江の漁港へ。
昨日からここで作業をしていた10人(前日夜、2人帰宅)と共に皆での作業。

この地域にボランティアが入るのは今回が最初らしい。
津波で壊滅状態の倒壊した家屋の瓦礫の中から漁で使用する網やブイ、カゴを集めたり、崩れた屋根、瓦礫の撤去など。
ここではやはり山崎君(造園土木)が持ってきた重機が大活躍。

屋根の撤去をするにはまず瓦を下ろす。
瓦を取り除いたら屋根を人力にて分解。
それぞれが柱や梁を担ぎ撤去していく。
瓦礫の中には釘やガラスなどが沢山あるので本当に危険だ。
板に打ち付けてある釘が上を向いているので気を付けなければならない。
現地ではよく釘の踏み抜き等で破傷風になる事があるらしい。
・・・現に私も釘を踏んで足に刺さる寸前だった。

この地域の津波は2階の天井まで来たらしい。
津波に流されたが山の中腹にある神社に何とか逃げ延び助かったお年寄りの話を聞いた。
ここでもまた神仏によって助かった方がいたのだ。
また周りの家屋は流されても神社の階段下、入り口の鳥居は倒れることもなく無事だった。

時間の都合上、本当に微力でしかなかったが撤去した家屋のおじいちゃんに何度もお礼を言われた。
『国は何にもしてくれない・・・』じいちゃんの言葉が辛かった。
前日にはお婆ちゃんが涙を流しながら『本当に有難うございます』と言われ、なんとも言えない気持ちになったという。
テレビで報道されるのは本当にごく一部。
まだ自衛隊や企業、ボランティアなどの支援が行き届かない所が本当に沢山あるのだ。
2ヶ月経っても一向に復旧が進まない所もある、自分の目で見てきたこれが現実。
現地を去るとき、おじいちゃんに
『お父さん、怪我しないでね。身体に気をつけてね。』と言う事しか出来なかった。
とても『元気で頑張って』なんて言うことは出来ない・・・。
喉まで出掛かった『また来るね』と言う言葉も正直言えなかった。
被災地を訪れる度に募る想い。
多分、ボランティアの人達は皆同じ思いをしているだろう。
商工会のメンバーでのボランティアは一般のボランティアと比べその道のプロ集団が行くので短い時間でも活躍できると私は思う。
そういった活動がこれからも沢山増えていく事を切に願うし、これからの長い年月必ず必要だ。
1年やそこらではこの震災から復旧、復興は無理だと思う。
テレビでは復旧、復興が進んでいる特集などが報道されるが場所によっては震災直後のまま困っている地域が本当に沢山あることを忘れないで欲しい。
また、自分に出来る事を背伸びせず、これからもずっと続けて欲しい。
私もまたこれからも自分に出来る小さな事でも必ず続けたいと思う。
宮城県牡鹿郡女川町 竹浜
海は元のキレイさが完全に戻っては無いらしいが、静かで美しい景観を見せてくれている。


2011/6/2 17:54
投稿者:畳刺 父ちゃん
2011/6/2 7:28
投稿者:畳職人でございます。
ボランティア活動本当にお疲れさまです。
実行力に脱帽です。
画像やテレビの映像をを見ても凄いと思いますので、
実際に目の当たりにした事を考えると
お気持ちお察し致します。
怪我が無かった様でホッとしております。
http://www.tatami-hamoto.com/
実行力に脱帽です。
画像やテレビの映像をを見ても凄いと思いますので、
実際に目の当たりにした事を考えると
お気持ちお察し致します。
怪我が無かった様でホッとしております。
http://www.tatami-hamoto.com/
2011/5/24 7:25
投稿者:畳刺 父ちゃん
sugitatami様
私なんか大した事ありません(汗)
周りにいる仲間に支えられ何とかしているだけですから。
踏み抜いた釘は足をかすめたぐらいで無事でした。
安全靴(長靴)ですが足先に鉄は入っていても靴底はゴム、本当に気を付けなければと思った出来事でした。
私なんか大した事ありません(汗)
周りにいる仲間に支えられ何とかしているだけですから。
踏み抜いた釘は足をかすめたぐらいで無事でした。
安全靴(長靴)ですが足先に鉄は入っていても靴底はゴム、本当に気を付けなければと思った出来事でした。
2011/5/24 7:17
投稿者:畳刺 父ちゃん
hei-soda様
テレビなどでは一まとめにされてしまう被災者。
個人個人としては本当に保証や支援が行き届かないのが現実ですよね。
私が行ったのはたまたま宮城県ですが、千葉、茨城、福島、岩手など本当に困っている人たちが沢山いますよね。
連日報道される原発(放射能)の被害も相当なものです。
国を支えるのは個人。
困っている皆に良い方向性を示して欲しいものです。
テレビなどでは一まとめにされてしまう被災者。
個人個人としては本当に保証や支援が行き届かないのが現実ですよね。
私が行ったのはたまたま宮城県ですが、千葉、茨城、福島、岩手など本当に困っている人たちが沢山いますよね。
連日報道される原発(放射能)の被害も相当なものです。
国を支えるのは個人。
困っている皆に良い方向性を示して欲しいものです。
2011/5/23 21:04
投稿者:sugitatami
2011/5/23 11:11
投稿者:hei-soda
ご苦労さまでした。
写真とお話を拝見していると、また怖くなってきました。
『国は何にもしてくれない・・・
各個人には公的援助の手が届かないのですね、
不信任だ 退陣だも必要かも知れないけど 早く援助の手が届くように党派を超えて進めてほしいものですね
ボランティア 本当にご苦労様でした。
写真とお話を拝見していると、また怖くなってきました。
『国は何にもしてくれない・・・
各個人には公的援助の手が届かないのですね、
不信任だ 退陣だも必要かも知れないけど 早く援助の手が届くように党派を超えて進めてほしいものですね
ボランティア 本当にご苦労様でした。
おかげさまで怪我無く帰ってまいりました。
実行力は周りの仲間がいるからこそですね。
私は原発からも離れており帰る家も家族もありますので本当に幸せな事です。
被災地を思うと何だか複雑な心境になってしまいますがこれからも小さな事でも続けられればと持っております。