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2007/8/8

生の音楽についての考察  簑田弘大の音楽THEORY

 1つの演奏に対してどんな過程で本番にもっていくかというのは、意外とその人の個性がでるところだと思う。

 極端に言えば2分化される。
 一方は、練習の段階で本番にだしたいものを完璧につくりあげて、同じものを本番にだすパターン。
 もう一方は、練習の段階でもつくりあげておくが、同じものをだすことを目的とせず、本番にはその状況や気分などを加味して違う演奏をするパターン。
 両方とも一長一短で良い場面と悪い場面とあると思うが、演奏者はこの2つの要素のバランスを上手く保ちながら演奏しなければならない。

 自分はどちらかというと後者の要素が強いと思うが、それは最後の最後まで悩んだり、模索したりと調整していることが多いのでどうしてもそうなりがちである。前者のように、練習の段階で完璧なものができたらそれは良いにこしたことはないと思っていた。

 しかし、それはこの間指揮をしたことで、考えが変わった。

 ついこの間、上野の野外ステージで22人の和楽器オケの指揮をする機会があった。
 今までも何回かは指揮をしたことがあったが、それはいずれも自分が作曲、もしくは編曲したもので、その場合はあくまで作曲家もしくは編曲家としての立場で指揮をしているという感じが強かった。その部分を自分がどういうイメージでどういう意味でかいたのかということをより鮮明に伝えるために、練習だけならず本番も指揮をして伝える、といった感じだ。

 しかし、その上野の野外ステージでは初めて他人が作曲したものの指揮だった。
 正直、今までの指揮はさっき述べたような理由からだったので、指揮の技術は乏しいにしろ、作曲家、編曲家の立場なのでそれが上手く作用すればいい位に思っていたが、今回はそうではないので、話しをもらった時に少し戸惑った。自分は指揮科をでたわけでもないし、今まで本格的に勉強してきたわけでもない。

 だいたいが、和楽器の近代以降の大規模な合奏というのは、歴史もまだ浅く、これといった決め手的なアンサンブル法のノウハウというのはないと思う。指揮が入った演奏というのも同じなので、参考になるものも少ない。
 逆にそれが決め手となって、この機会にいろいろ試してみたいと思った。
 演奏者も、合奏経験の豊富な人から初めての人まででお互い初対面の人が多い中での、経験のほぼない指揮者。一見無茶な様に思えたが、0から創りあげることができると思えばそれもまた良しだった。

 まずは一番ヤバいのは、自分。演奏者は、合奏こそ初めての人はいたけれども、楽器自体は専門なので初心者ということはない。だが、自分は初心者。慌てて勉強したところで、そんな簡単に習得できるものとは思わなかったが、勉強しました。

 やるべきことは二つと思った。一つは、技術的なことの習得。もう一つは、指揮のありかたの思考。
 技術的なことというのは、本を読んだり、いろんな演奏会でのいろんな指揮を見たり聞いたりして学べたが、指揮のあり方というのは指揮者によっても考え方が違うものなのでなかなか「学ぶ」ということはできなかった。

 そこで、今回指揮をやるにあたって、3つのポイントをおいた。
 1つ目は、きれいなアンサンブルをつくること。多種多様な楽器があり、特に三味線や琵琶、箏、打楽器など点がはっきりする楽器が多いなか、またピッチのシビアな管楽器群がダブルではいっているなか、音のタイミングやピッチのそろった合奏にしあげること。
 2つ目は、譜面にかいてある強弱などの意味を読み取り、自然かつ大胆なアーティキュレーションをつくること。また、譜面にはかかれていなくとも、フレーズ感やリズム感をだすために自然とでてくるアーティキュレーションを明確に共有し、全体で一つの響きとすること。
 3つ目は、譜面にかかれていないことを表現すること。

 前の2つは、練習を積み重ねていくうちに段々とまとまっていったと思う。指揮的にも技術的な問題で、工夫することで解決していけた。

 しかし、3つ目のことは、練習の段階では到達できなかった。
 これは、指揮のあり方という課題にもつながっていた。

 譜面にかかれていないことというのは、例えば気迫であったり、表情や動き、テンション、空気感、緊張感や緩和感などなど挙げればきりがない。これは特に決まりがあるわけではなく、例えば、ここでは少し笑って演奏するが、ここでは泣き顔で、なんてことは何か特別に意味がある時以外はかかれてはいない。また、ここではテンションあげて、ここではテンション落ち着けて、なんてこともかかれてはいない。そんなの個人によってバランスは違うのだから当たり前だ。己でコントロールしろ。

 この3つ目のことこそ、一番大切な要素だと思う。他の前2つも、結局はここにつながるためのことだと思う。

 合奏においてはそれが個々ではなく、全体で一つのものにならなくてはいけないのでより難しい。

 最終リハーサルでも大分音楽を動かしていたので、そこまでは至れなかったと思う。
 そして本番を迎えた。

続く→
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