こんにちは!

ミノダのミノはタケカンムリ、簑田 弘大です!

簑田 弘大BLOGへようこそ!!

普段考えてることや思いついたことなど、かきつらねています。

また、コンサートやレッスン、作品リスト、試聴音源などの最新情報も公開されています。

どうぞお楽しみください!!


簑田 弘大 Home Page

Twitter

Facebookページ



2007/3/27

海外における日本音楽(続き)  簑田弘大の音楽THEORY

 話しを元に戻すが、もしこれが国際交流、異文化交流だとしたら、これから、これに何の大きな意味があるのだろうか。今の文化と違う、日本人でもなかなか知らなかったり、理解が難しいような(その文化を否定しているわけでなく、現実的なスタンダードではないという意味で。)文化を、外国人が理解し、スタンダードにすることはありえるだろうか。

 自分の考える、これからの国際交流とは、交わって流れていく、ようなものにしたい。紹介するだけでなく、スタンダードのレベルにまで至るまで。

 その音楽が、単発的な刺激的なものではなく、生活の一部に自然と溶け込んでいて、なければならない存在となった時、音楽としての存在価値は比べ物にならない位上がり、和楽器の地位は今とは変わってくる。

 そうなると、必然的に音楽性、パフォーマンスの仕方は変わっていくだろう。

 そのレベルにまで芸術性や普遍性を達する様にするには大変な努力が必要とされると思う。

 しかし、そのために自国の特性を必要以上に抽出し、懐古に要素を求め、いわばつくりだされたエスニックな日本を生み出すより、懐古の自国文化をふまえ、現代としての日本の文化を模索し、生み出し、それを世界に発信していく方が、はるかに建設的であるし、あるべき姿である。

 そして、その文化に自信をもって交流し、それが評価され、スタンダードとなったとき、初めて日本が理解されたと理解して良いだろう。

 そのためには、日本の音楽の底力を、今より数段あげる必要がある。もちろん今までの作品、演奏、いわゆる古典と呼ばれるものの中のそれは、素晴らしいし(もちろん全てではなく、正直、そうでもないと感じる物もある。)、それ自体スタンダードとなってもおかしくないものもあるが、現代の我々にはそれを越えていかなければならないという使命とその可能性がある。

 これからの海外における演奏、またそれに関連した活動全般というのは、その点をふまえ、探求し、創造していく必要がある。

 現代の私たちが、外国人に理解してもらいたいことを、芸術という視点から発信する。
 国際交流においての芸術とはそういうものだ。

 音楽を通して日本を理解するとはそういうことだと思う。
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ