てすさび日誌

三十数年間の哀しき宮仕えをやっと早退し、“毎日が日曜日”のomotannが、たわいない生活の一コマや雑感をしたためた「てすさび日誌」です。(2005/4/20)

 

カレンダー

2020年
← April →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

掲示板

過去ログ

今日のニュース

QRコード

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:omotann
>南予の申さん
後一歩及ばずでしたか!それは残念なことをしました。
いずれ機会を作ってお訪ねしたいと思っておりますので、その節は宜しく。

私はOB展の方へは参加できるほどの作品の持ち合わせがありません。

http://www3.oninet.ne.jp/omori/index.html
投稿者:南予の申
驚きました。宇和島までおいでとは!!松野町まであと25分でした。来年はなんとしても参加させてもらいますよ。楽しみにしています。
投稿者:omotann
>エンピロさん
「総天然色テレビジョン」の本放送開始は、日本では1960年9月10日、そして翌年4月からはじまった『連続テレビ小説』(朝ドラ)は、朝の時間帯に着実に定着していきました。それが爆発的な人気となったのは、第6作『おはなはん』です。

仰るとおり、当時は民放が少なく、必然的にNHKの高視聴率に結びついたものだと思います。

樫山文枝さんからの返信は、ばあさんの棺の中に入れました。泉下で何度も読み返しているはずです。

大洲出身で大学の先生を目指していた親友がおり、いつでも訪ねることができると高をくくっていたら機を失してしまいました。

話は戻りますが、『おはなはん』の時代背景からして、やはりカラーよりも白黒が一番マッチしていますね。

http://www3.oninet.ne.jp/omori/index.html
投稿者:エンピロ
「おはなはん」はこどものころ家族と一緒に見ていましたが、白黒テレビだったのかなあ。その頃はテレビ民法テレビが少なかったから、視聴率も高かったのかも。おでこ美人の樫山文枝は人気がありましたね。

おばあちゃんが樫山文枝にファンレターを出されたのですか。直筆の礼状を頂いたのでは、それはお宝でしょうね。

大洲・南予方面は松山からそれほど遠くはないようですが、学生時代足を運んだことがなかったわけですね。感慨深いものがあったことと存じます。

おはなはん通りの写真を見ているだけで、小京都のイメージが沸いてきます。映画ロケにも使えそうですね。

http://green.ap.teacup.com/enpiro/
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ