てすさび日誌

三十数年間の哀しき宮仕えをやっと早退し、“毎日が日曜日”のomotannが、たわいない生活の一コマや雑感をしたためた「てすさび日誌」です。(2005/4/20)

 

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投稿者:omotann
>モモエさん
3枚目の写真でお分かりのように、3人の中では一番ポッチャリ系で、はちきれんばかりの健康美だったのですが・・・。

お子さんには恵まれませんでしたが、女優としては母親の役を当てられることが多く、彼女の子供役として共演した経験のある俳優は男22人、女25人で合計47人にものぼるそうです。名母親役ぶりでしたね。

それにしても早過ぎる。さぞや無念だったでしょうに。

http://www3.oninet.ne.jp/omori/index.html
投稿者:モモエ
こう言ったらなんですが、スーチャンが一番健康そうにみえましたよね。
遺影の美しい顔立ちに、まだまだこれから女優としても美しく、いい役ができたろうに、と思います。
残念ですよね。

結婚して、すぐに病にかかられて・・・お子さんもなく。無念でしょうね。切ない・・・
投稿者:omotann
>bluetearさん
先ず以てご丁寧なコメントを賜りお礼を申し上げます。
その後、腰の具合は如何ですか?こじらせぬよう、どうぞご自愛ください。一日も早いご快癒をお祈りします。

キャンディーズの人気絶頂時、「普通の女の子に戻りたい」との名言を残しての解散と同じく、スーちゃんの訃報もあまりに突然でまだ信じられません。

グループ解散後はソロ歌手として、また女優として大活躍をされ、出演作は沢山ありますが、私が一番印象に残っているのが「黒い雨」でした。

新聞報道で知ったのですが、「作詞作曲を手掛けたり、墨彩画を描いたりするなど、多方面で才能を発揮。福祉活動にも熱心で、厚生省の公衆衛生審議会委員や日本エイズストップ基金運営委員なども務めた」そうです。

あまりにも早い突然の死でしたが、bluetearさんの仰るように、「立派な人生を歩まれた方」でしたね。
私も年こそ上ですが馬齢を重ねるだけでなく、周りを気遣うことのできる人生を送りたいと念じています。

なお勝手ながら拙ブログのリンク集にアップさせて頂きました。悪しからずご了承ください。

http://www3.oninet.ne.jp/omori/index.html
投稿者:bluetear
omotannさんの思い出のショットの時は、私は当時12歳くらいです(歳がバレちゃうかなっ(^_^;))
小学校高学年から中学にかけて、キャンディーズとピンクレディーは、私たちのアイドルでした♪
キャンディーズの歌は、今でもちゃんと唄えます。

スーちゃんは当時からふっくらした可愛らしい天然系でしたね。
幼い私にも、その姿はのんびりしていて可愛らしく映ってました(*^_^*)

でも、ランちゃんやミキちゃんの弔辞を聴いてみると、おっとりしたスーちゃんが、いつの間にかいろんな経験をして、2人よりも更にシンの強いオトナの女性へと変身していましたね。

ご自身の最期を意識し、参列して下さった方々へ向けて、あんなすばらしい言葉を息苦しい中で残して下さった姿には、本当に頭が下がります。
ご自身の最期の日を、ちゃんと認識していたわけです。
ほんわかしたおっとりした感じのスーちゃんが、本当に全ての事を悟ったまるで菩薩さまのように、穏やかで優しい強さを感じましたね。
本当に最後の最期まで、ご自身の人生を受け止め、生きてきた素敵な女性でしたね。
見習いたいと思いました。
もしも、私の人生がこれからどれだけ続くのか解りませんが、もしもたとえ短い人生でも、スーちゃんのように立派な人生を歩みたいと思いました。
が、素晴らしい演技をしていた女優さんだったので、本当に残念です(T_T)

http://blog.goo.ne.jp/tame_bluetear/
投稿者:omotann
>つーみーさん
私も普段ワイドショーはあまり見ませんが、たまたまテレビのスイッチを入れたら彼女の肉声が聞こえてきて、その場面に釘付けになりました。

ということは子年生まれで私と丁度二回り違いです。倅(次男が丑年)の世代ですから、キャンディーズ全盛期は知る由も無いですね。
でも彼女の役者としてのセンスと活躍の様子は仰る通りです。歌手としてよりもむしろ女優向きだったのでしょうね。

8ミリフィルムは映りがよくありませんが、今となっては掛け替えのない宝物です。

http://www3.oninet.ne.jp/omori/index.html
投稿者:つーみー
いつもはワイドショーを見ない私ですが、告別式の様子が気になり、見ていました。
私はキャンディーズ結成の年に生まれたので記憶はないですが、(解散コンサートのことはなんとなく知っていたような)社会現象になっていたというのは知っています。
母親役の演技力が記憶に残っています。「華岡青洲の妻」の母親役。「大地の子」の最初だけの出番ですが、
終戦の頃の満州を、義父を背中におんぶして、最後は
ロシア軍に襲われてしまう主人公の母。
「ちゅらさん」の明るいお母さん役。
きっと努力の人だったとおもうのです。
もっといろんな役を演じるスーちゃんを見たかったです。ご冥福をお祈りしました。

omotannさん、岡山のコンサートで、生スーちゃんを見ておられるのですね、すごい!(^^)
投稿者:omotann
>エンピロさん
公開された最後の肉声は、本当に涙を誘いました。己の死を目前にして、あそこまで冷静になれる強靭な精神力にも頭が下がります。

エンピロさんの心に残る一作、「白虎隊」は拝見しておりませんが、私が彼女の名演技に活目したのは「黒い雨」でした。それもそのはずこの作品では日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など多くの賞に輝いたそうです。後で知りました。

エンピロさんと私とは同世代を自認?していますが、仰るように「キャンディーズ時代に生きた一人として」という意味では当たらずとも遠からじということでしょうか。誠に残念でなりませんが、今はただただご冥福をお祈りするばかりです。

http://www3.oninet.ne.jp/omori/index.html
投稿者:エンピロ
田中好子の死はショックでした。あの肉声のメッセージを聞いて女房ともども涙を流しました。早くに義妹や弟を失くされたこともあってか、死を覚悟して、録音した彼女の生き様に感動しました。いつも人に対しての気遣いを忘れない女性でした。最後の写真の笑顔が輝いていましたね。

岡山でのコンサートを8ミリフィルムに収められていたのですね。何にも代えがたいお宝ものでしょう。

今から25年ほど前だったと思いますが、 年末ドラマ「白虎隊」で田中好子が「山本八重子」を演じました。
山本八重子は、砲術師の家に生まれ、戊辰戦争で銃を担いで戦っていました。この役柄は田中好子の女優の走りだったと思います。落城を目前にして天守閣の壁に、「明日よりは いずこの誰か 眺むらん なれしお城に 宿す月影」と辞世の句を刻む姿を今も思い出します。 山本八重子は明治になってから京都に向かい、同志社大の創始者新島襄と結婚しました。その山本八重子を田中好子が見事に演じたのです。

その後も、母親役などドラマで活躍されました。あの演技力は目を見張るものがありましたね。キャンディーズ時代に生きた一人として誠に残念でなりません。

http://green.ap.teacup.com/enpiro/
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