2006/2/27

チョモランマがそこにある  文學ト云フ事

先日、部屋の掃除をしておりました。
そろそろ捨てようかなと思っている本の山の下から
新聞の切抜きを集めた1冊のファイルが。

おもわず、ある人をネットで検索し、
その人が書いた1冊の手記を手に入れ、読み終えた。

私のファイルには、
小学校6年の時の字で「チョモランマがそこにある」と書かれている。
当時の筆跡と、あんまり変わっていない今の自分。

もうすぐ中学生になるという私は、
年明けの新聞に、小さな連載記事を見つけた。

「今年の5月5日のこどもの日に、エベレストから衛星生中継を行います。」

すぐに興味が沸いてきた。
世界最高峰の頂上は、どのようになっているのか。
見てみたい。

当時、エベレストの登頂に挑む日本人のニュースは多く、
遭難されたニュースも多かった。

無線で「加藤さーん」と泣きながら叫んでいるシーンをTVで見たことがある。
加藤保男さん。1982年冬、前人未踏の登頂に単独で成功。
しかし、その下山時に行方不明となる。
テレビの前で、ほとんど聞き取れない無線機の音に耳を澄ませた。
翌日、「加藤さん生存絶望」という記事を見た衝撃は、今でも覚えている。

エベレストからの中継という新聞記事が気になり、
その箇所を切り取ってスクラップを始めたようである。
このマニアックさ、生まれつき。

中継基地を一つずつ作り上げていること。
食料の問題。
日本、中国、ネパールの三国が合同で行うこと。
何よりもどんな映像なのか。わくわくしていた。

TVでは、日本テレビディレクターの岩下さんという方が、
しゃがれた声でインタビューに答えていた。
日本からの呼びかけに答えるこの人は、熱く夢を語っていた。

私は、この人が登頂するのではないので
最初はあまり関心がなかった。
しかし、的確な指示を出している姿にいつしか惹かれていた。
笑顔が素敵な白髪のおじさん。

忘れもしない1988年5月5日午後。
番組名は、「チョモランマがそこにある」

新聞の番組欄には、「途中、中継が入る場合があります」と書かれており
まだ出来たての東京ドームでの巨人戦の試合が放送されていた。

たまに速報があるのだが、
あまり天候も芳しくなく、電波状況も良くないらしい。

評論家のような人が言い訳を始めていた。
通常、山頂にアタックするのは、3日くらい予備日を作らないと危険なので、
山頂の登頂日を指定しない。
隊員が運ぶアンテナの重さが半端じゃないこと。

司会は福留さんだった。
過去、この岩下さんはエベレスト山頂を録画撮影をすることに挑戦し、
最後の最後で機材を捨てるしかなかった無念など、
福留さんが話していた。

このまま夜になると危険であるとのことで、
失敗してしまうのではという雰囲気が出来つつあった。

16時過ぎ。
突然、東京ドームの映像から、ネパールの映像に切り替わった。
岩下さんが叫んでいる。
「登頂おめでとう!さあ、映像をお願いします!」

巨人戦を吹っ飛ばした日本テレビ。
画面に映っているのは、叫んでいる岩下さんの横顔。
CMも入れず、沈黙と無線からの雑音のみがTVから流れた。

10分以上、もうすぐ20分くらいになろうかという瞬間
「きた・・きたぞ!」
テレビから声が聞こえた。
次の瞬間、鮮明な画像が映し出された。
エベレストの山頂、青い空、ネパールの山々。
思わず私も叫んだ。なんて綺麗なのだ・・。

山頂からの中継は、イメージしていたものをはるかに超え、
音声などもクリアに聞こえていた。携帯など無い時代。
何よりも生中継であるこの一体感。
しかも世界最高峰。

「それでは、鯉のぼりをあげます!」

オレンジ色の服の登頂スタッフの方が、高々と鯉のぼりを掲げた。
無線からは、
「今・・・チョモランマに・・・鯉のぼりが・・・上がりました・・・」

クリックすると元のサイズで表示します

中学1年。半分大人の私は、その鯉のぼりが無性に嬉しかった。
その後、下山指示を出している岩下ディレクターの映像はあまり映されず、
野球中継に戻った。

その数ヵ月後、特番でこのプロジェクトにかかわった方たちが出演された番組の
一番最後に福留さんが
「さあ、次は何をされますか?」
と問いかけた。

しゃがれた声の岩下さんは
「さて・・・もう一晩寝たら、思いつくんじゃないですか?」
と笑っていた。カッコよかった。

それから数年後、まだ学生だった私は、
日テレのディレクターさんとお話しする機会があった。
その時、
「ああ、岩下さん。昨年亡くなったんだよ。」
と聞かされた。
言葉が続かなかった。
そのディレクターさんも泣いていた。

ネットで岩下さんのことを検索していたら、
岩下さんは、手記を書かれていた。
既に絶版とのこと。
あきらめつつもアマゾンで検索したところ、
在庫は無いが、個人で出品されている方がいらっしゃって、
購入することが出来た。

「テレビがチョモランマに登った」岩下莞爾

壮絶な舞台裏の手記。
自分の夢の為に集まった人たちへの思い。
特に奥様の苦労、息子さんから送られた帽子にかかれた言葉。
涙で声が出そうになり、飛行機内で本を閉じた。

世界一の青い空と鯉のぼりを、子供達に見せたい。
その夢の記録。

岩下さんは、こんな言葉を残されている。

あるがままに撮ろう
あるがままに語ろう
在るものはあると言おう
無いものはないと言おう
無いものを在ると言ってはいけない
在るものを無いと言ってはいけない
もう一度
あるがままに伝えよう
クリックすると元のサイズで表示します
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2006/3/9  0:47

投稿者:もっち

パンさん>
おお!覚えていらっしゃいましたか!
再放送しないですかね・・。

2006/3/8  20:05

投稿者:パン

僕も覚えてます。
僕の場合、なんだか山登り、というか冒険をしないとダメな気がして、植村直己の本を買ったよ。
で、冒険というのはイヌイットとアザラシの生肉を分けあうことなんだと知って、めげました。

2006/3/5  16:41

投稿者:もっち

いや、中学生の時は「もっつゃあん」
でしたな。「もっさん」とも言われていたが。
会社では言われていないので、たまに同級生に会うと癒されます(笑)

よしともも覚えているということは、
お互い中学1年の頃の話です。
その6年後、あのサークルに入るのね。ふふふ。

2006/3/5  16:25

投稿者:よしとも

おくればせながら。
私もよく覚えてるよ。
あれからエベレストではなくチョモランマという呼び名がめじゃーになったよね。
岩下さん。名前はしらなかったけど顔は覚えてます。

うん、もっちは中学生ののころからもっちなのだな。




2006/3/1  11:59

投稿者:もっち

Sweet Chili Girlさん>
実家に帰れば、ビデオあるはずなのですが、
ベータなのでございます。
親父は今世紀に入ってからVHSに鞍替えしたので、永遠に見ることが出来ないかもしれません。タイムカプセルになってしまいました(笑)

2006/3/1  1:06

投稿者:Sweet Chili Girl?

1988年。うぅん。
東京タワーのリリーさんのように、一人暮しの新生活にただ
漂流していた私は、残念ながらこの番組を見ていなか
ったと思う。でも、もっちさんの相変わらずの臨場感
溢れる文章で、私にも見えた気がしたよ。チョモランマが。

目に見えているものが本物なのかも確信がもてない時代。
もっちさんのような人に在るものは在るって叫んで欲しい。

いつまでも情熱を失わない今のままの君でいてね。

2006/2/28  22:03

投稿者:もっち

?さん>
その通りでございます。
この番組のテーマソングは、HOUND DOGの「Ambitious」でしたが、
「やりたいことが分かっているのに、始めてないんじゃないか?」
という言葉には、背中を押されます。

アスフールさん>
見ていらっしゃったとはさすがです!
あの瞬間を共有していたということですね。

2006/2/28  1:06

投稿者:アスフール

記憶にありますよ。私もこのテレビを見ていました。
覚えています。
でも岩下さんの件は知りませんでした。
また、今度会った時に話を聞かせて下さい。

2006/2/28  0:57

投稿者:?

素晴らしい!
もっちはあついオトコだ!
やっぱこういうアツさは忘れたくないね


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