2011/9/1

道の駅よつくら港、営業中  東日本大震災

6号線をずっと南に走りまして、道の駅よつくら港につきました。原発事故が発生した後、消防自動車での放水をした際、基地となったのがそこなのです。

・・・津波がきた、と聞いていたけれど、必死で片付けたんだなぁ〜とか思いながら画面を見ていた記憶が。

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今はもう少し北にあるJビレッジが基地になっているとか。あそこのそばにある道の駅ならはの温泉がよいのですよ。開業したらまた利用したいなぁ(T-T)

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道の駅よつくら港は営業中。四倉地区の復興関連イベントはここでやっているようで。σ(^^)が行った日も歌謡ショーをやっていましたよ。元気だなぁ〜と遠目に眺めたり。

・・・先日、いわき民報社という地元夕刊紙が発行した「いわきの記憶 3.11 あの日を忘れない」という写真集を買いました。なかなか人気のようで、本屋でも品切れ状態なのだとか。そこに、道の駅よつくら港の写真もありまして・・・建物に漁船が刺さった状態の生々しい写真がありました(>_<)

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具体的に言うと、あのあたり・・・。少し離れたところには、壊れた漁船が積み重なっていましたよ。

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3/11から半年近くたつというのに、まだこんな感じ。これから台風シーズンだというのに、大丈夫なんだろうか?という佇まい。よく、四倉港からも台風中継していますよね・・・そして、地震が来た時、怖いですよ(^^;

これでも営業している四倉の人たちのふんばりもすごいですし。半年たってもこの有様の状態って、おかしくないか?という疑問もありますし。そりゃ、政争ばかりしている某党に愛想尽かすよなぁ。

街中で、一族の手の者と食事をしていたら、隣のテーブルの方が双葉郡からの避難者だったようで。聞き耳を立てるつもりはなかったものの、会話が聞こえてきましたよ。避難指示が出て、そこからバスに乗って逃げる時の話やら、今の生活の話やら。「他に持ってくるべき大事なものがあったはずなのに、あの時手にしたのはラジオ1個だけだったんだよね」なことを言ってましたわ。

・・・ラジオ1個で着の身着のまま家を出て避難所暮らしになったら、そりゃ、生活も何もないよなぁ(~_~)

街の雰囲気は5月に帰った時より明るくなっていたので、ちょっとほっとしました。次は10月かなぁ。「がんばっぺ!いわき復興祭」が気になるところです。

がんばっぺ!いわき復興祭
http://www.city.iwaki.fukushima.jp/mimiyori/012392.html
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