2008/1/14

日韓の高校生が来館  来客・取材

飯能市にあるJ学園の高校生と韓国の高校生合わせて39人が来館。
(毎年J学園は韓国の高校生を連れてきて下さいます)
ぼくは韓国の高校生の館内説明を担当しました(通訳付き)。

《原爆の図》初期三部作が発表された1950年は朝鮮戦争のはじまった年でもあります。
広島の被爆から5年の歳月が経過し、人びとの記憶が薄れつつあるという危機感のなかで、再び始まった戦争に核兵器が使用されることを案じて、丸木夫妻は《原爆の図》を描きました。
解説を聞く韓国の学生も「朝鮮戦争で原爆が使用されたら、この絵の様子は他人事ではなかったはず」と頷きながら絵を見ていました。

第14部《からす》は、日本の軍需工場で労働に従事していた朝鮮人被爆者が死後も遺体を差別されたというテーマの作品。2000年の光州ビエンナーレに出品され、2002年にはソウルの仁寺洞でも展覧会が開かれたことを紹介しました。
国家や民族を越えて、常に虐げられる側から20世紀の戦争や公害を描き続けた丸木夫妻の絵を、韓国の学生はどのような思いで見つめたのでしょうか。

日本と韓国の両国の学生がならんで絵を見つめる光景に、《原爆の図》は見る側にとっても、一人の人間として絵と向き合うことを求められる、厳しい(そしてある意味ではとても優しい)作品なのだとあらためて感じました。
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