2018/12/23

【福岡出張2日目・3日目】第57回原爆文学研究会  調査・旅行・出張

2日間にわたって九州大学西新プラザにて、第57回原爆文学研究会。
夏の研究会の2日目が台風予報で中止になったため、中尾麻伊香さんの発表「被ばくと奇形をめぐる科学と表象― 1950年代の原爆映画を中心に」と、「原爆文学」再読6― 吉本隆明『「反核」異論』 (坂口博、村上克尚、加島正浩)が今回に繰り越されました。

さらに初日はセッション「『原爆に生きて』から『この世界の片隅で』へ:山代巴を中心に」(報告:キアラ・コマストリ、宇野田尚哉)、2日目は韓国から来られた文学研究者の金文柱さんの発表「東アジアの桎梏の歴史と原爆の文明史的な意味:韓国の原爆文学を中心に」と、ワークショップ「歴史修正主義と1990年代」 (報告:山本昭宏・倉橋耕平、コメント:中谷いずみ)という盛りだくさんの内容。

クリックすると元のサイズで表示します

狭義の「文学」にとどまらず、科学から歴史、政治、サブカルチャーへ領域を横断していくのがこの研究会らしいところです。しかも一見つながりがないようなそれぞれの議論が、往還しているように聞こえてくるのです。福岡アジア美術館で2日間にわたって観た、「アジアの木版画運動」展までよみがえってきます。
中尾さんの発表では亀井文夫監督の映画『世界は恐怖するー死の灰の正体』、キアラさんの山代巴についての報告では『原爆に生きて』が取り上げられ、どちらも丸木夫妻の絵が使われているから、自分の仕事にもつながってきました。

参加者は両日とも50人ほど、いつのまにか発表者も参加者も、年下の若い研究者が増えていて、この研究会に入ってから10年が過ぎたことに気づかされます。
懇親会で、初参加の若者が「この研究会は熱いと聞いてきました」と挨拶していましたが、たしかに今回も、両日ともに熱かったです。

とはいえ、研究会の規模が大きくなれば、運営面での新たな課題も生じます。世話人会の片隅で、会の行く末をじっと見守る身としては、考えることも多かったです。

クリックすると元のサイズで表示します

『原爆文学研究』第17号、自分の原稿は冴えないのですが、「炭鉱と原爆の記憶」ワークショップの趣意文を執筆した楠田剛士さんがすくい取ってくださり、ありがたく思いました。
楠田さんは「なんだか岡村論みたいになってしまいました」と言っていましたが、これまで書いたものや日常の仕事まで丁寧に目配りして書かれています。
0




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ