2017/4/20

【広島出張初日】広島市現代美術館「殿敷侃展」  調査・旅行・出張

広島出張。夏の展覧会と秋の重要案件の打ち合わせ・ご挨拶の仕事を終えて、午後は詩人の井野口慧子さんとともに広島市現代美術館の「殿敷侃展」に行きました。

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殿敷侃は1942年広島生まれ。3歳のときに父が爆心地付近の広島郵便局で原爆に遭遇し、直後に母とともに父を探して入市、二次被爆しました。
そのため8歳で母を失い、高校卒業後、国鉄に勤めますが、20歳の頃に肝臓病のため長期入院、絵を描きはじめます。

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鉄かぶとなど両親の遺品を細密な点描で描いた作品は以前に観たことがありましたが、今回の展覧会では、初期の具象的な油彩画(最初期には、川べりの「原爆スラム」を描いた作品がありました)や、『朝日ジャーナル』の表紙を飾ったポップアート、アンディ・ウォーホル風のシルクスクリーン作品、ヨーゼフ・ボイスの影響を受けた晩年の廃物や漂流物のインスタレーション作品など、50歳で亡くなるまでの表現の全貌を俯瞰することができました。

一見、原爆から離れていくようなテーマの作品でも、例えばエッチングではクギや櫛などのモチーフを型取りして転写するような手法が原爆の影を想起させ、シルクスクリーンでは父の遺した爪のイメージが増殖して新聞紙やポスターなどの画面全体を覆い、プラスチックの廃材を焼き固めたオブジェは社会において不当に蹂躙された存在を想起させるというように、原爆体験とは切り離すことができません。

1981年、日本被団協が被爆者援護法の制定を求める運動として全国で上演した構成劇「原爆の非人道性と国の戦争責任を裁く国民法廷」の山口会場で、殿敷のキノコ雲やケロイドをモチーフにしたシルクスクリーン作品が舞台美術に使われ、体験を語る証人のひとりとして殿敷自身も「出廷」したという話も興味深いところです。

同行した井野口さんは、晩年の海の漂流物を使ったインスタレーションのプロジェクトに参加されていたとのことで、作家の人柄や当時の「協働」の記憶などのお話を伺いながら、会場を観てまわりました。

展覧会は5月21日まで。4月29日(土)午後2時からは、原爆文学研究会でもお世話になっている広島市立大学の柿木伸之さんの講演会も行われます。
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