2017/3/16

『琉球新報』に椹木野衣さんの「美しければ美しいほど」展評  掲載雑誌・新聞

表現と情報の根本問う 丸木美術館企画展「美しければ美しいほど」
 ―2017年3月16日付『琉球新報』

現在開催中の企画展「美しければ美しいほど」(企画:居原田遥)について、椹木野衣さんが展評を書いて下さいました。
以下は、記事からの抜粋です。

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 丸木夫妻の凄惨極まりない「沖縄戦の図」、最先端の現代美術作品、ソーシャル・メディアから日々発信される情報群……これらは、一見してはまったくバラバラに受け取られかねない。けれども、三つの展示は、時代や性質の違いを超えて、実はたがいに通ずる問題を発している。それは、「いまここにない状況をどのように伝えるのか」という、見かけ以上に根本的な問題である。

 たとえば、語りだけでどこまで絵の内容は伝えられるのかという音声のみの導入は、ツイッターのように1次制が高いぶん、偶然や主観性を排除しきれない私的メディアの情報を、どこまで信頼すればよいのかという難しさと重なっている。

 それは突き詰めれば、そもそも丸木夫妻の「沖縄戦の図」は、沖縄戦の実態をどこまで伝えているのか、ということにも通じる。だが、これはすべての絵が表現である限り避けられない。ピカソの「ゲルニカ」であろうと同じことだ。編集や合成が自在な映像なら、なおのことだろう。

 そのことがもっとも端的に示されたのが、川田の「終わらない過去」だろう。沖縄で出た「遺品」を本土の家族のもとに届けようとする作者がぶつかるさまざまな困難は、たんなる記憶の風化というよりも、実は電話や郵便という公的なメディアが今日、突き当たっている信憑性の揺らぎからもたらされている。

 本展は、企画者が設定した「沖縄」という主題を経ることで、かえって「私たちはなにをもって人を信じられるのか」という、より普遍的で困難な問いを呼び寄せる結果となっている。


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写真は、新聞に掲載された川田作品の展示室です。

この複雑な展覧会の本質を見きわめるのは、なかなか難しく、私もずっと考えているのですが、結果的には、東京と沖縄、あるいは伝える人と受け止める人の「距離」が浮かび上がっているのだろうと感じています。

3月26日(日)午後3時からは、シンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」(共催:早稲田大学メディアシティズンシップ研究所)を開催します(予約不要、無料=要展覧会チケット)。

登壇者は伊藤守さん(メディア研究/早稲田大学教授)、津田大介さん(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)、毛利嘉孝さん(社会学/東京芸術大学教授)、新垣毅さん(琉球新報社東京報道部長)の4名。モデレーターは木村奈緒さん(フリーライター)です。

ぜひ、この機会に丸木美術館までお運びください。
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