2017/1/28

「日本におけるキュビスム」展/新井卓写真展  他館企画など

埼玉県立近代美術館の「日本におけるキュビスムーピカソ・インパクト」展へ。

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1910年代に日本に紹介されたキュビスムは、大きな反響を呼ぶものの、束の間の流行で日本には根付かなかった・・・ように見えたのですが、1950年代に突如リヴァイバルを迎えます。
この展覧会は、その二度にわたる日本の受容を二部構成で検証するという試みでした。

展覧会を観ていくうちに、会場にないはずの《原爆の図》が、次第にすぐ近くに存在するような感覚にとらわれていきました。
それはどうやら、1950年代のキュビスム受容が、ピカソの《ゲルニカ》の影響を強く受けながら、戦後、そして占領下・朝鮮戦争下における画家たちの間に広がっていたためです。
山本敬輔の《ヒロシマ》や鶴岡政男の《夜の群像》、さらに池田龍雄、尾藤豊らのルポルタージュ絵画、そして原爆の図立川展のポスターを描いたという佐藤多持の《水芭蕉曼荼羅》・・・。

展示を見終えた後、図録に目を通すと、尾崎信一郎さんの論考「1950年代のキュビスム」が、「当時の記念碑的な作品」として《原爆の図》の「群像表現」、「隠喩的な構造」について、図版入りで触れて下さっていたので驚き、嬉しく思いました。
当時、丸木夫妻は直接キュビスムを取り入れたわけではありませんが、もちろん《ゲルニカ》をはじめピカソの影響は強く受けていたはずです。

丁寧な調査と考察を重ねて、キュビスムという視点から1950年代美術を掘り下げた企画展。
閉幕直前に駆け込んだ甲斐のある、興味深い内容でした。

   *   *   *   *   *

キュビスム展の図録を読みふけりながら、続いて横浜市民ギャラリーあざみ野ではじまった「あざみ野フォト・アニュアル 新井卓 Bright was the Morning−ある明るい朝に」展へ。

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第五福竜丸、福島、広島、長崎、トリニティ・サイト、パンプキン爆弾、若者たちの肖像・・・3.11後の新井さんの仕事を総覧する(たぶん、過去最大規模の)充実した個展。

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2階の会場では写真の歴史やダゲレオタイプの機材、撮影工程も丁寧に紹介しているので、初めて彼の作品を観る方にもお勧めの展覧会です。

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レセプションでは、馴染みの方、初めてお会いする方、いつもながら多くの方とお話することができて、すっかり気分が良くなったので、彼が表紙の写真と連載を担当している『現代詩手帖』(ボブ・ディラン特集でした)を購入して帰宅しました。
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