2017/1/18

【ミュンヘン出張@】ハウス・デア・クンスト「POSTWAR展」  調査・旅行・出張

あちこちに雪の残る氷点下のミュンヘンを再訪しています。
目的は、もちろんハウス・デア・クンスト(Haus der Kunst,芸術の家)で開催されている「戦後:太平洋と大西洋の間の美術,1945-1965」(Postwar: Kunst zwischen Pazifik und Atlantik, 1945-1965)を観るためです。

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以前にも学芸員日誌に書きましたが、ハウス・デア・クンストは、1937年にヒトラーによって建てられ、こけら落としにナチスの推奨する芸術を一堂に集めた「大ドイツ芸術展」を開催したという複雑な過去を背負った建物。
館長は、ナイジェリア出身のオクウィ・エンヴェゾー(Okwui Enwezor)。2015年に非欧米圏出身者で初めてヴェネツィア・ビエンナーレのキュレーターを務めるなど、世界を代表するキュレーターで、今回の展覧会でも、重要な企画者の一人です。

この企画は、第2次世界大戦が終結した1945年から20年間の大規模な世界の変動を、西洋的な視点をずらして多焦点化しつつ、8つのテーマ別セクションを設けて、65カ国の258人の芸術家による350点の作品によって再考しようという試みです。

ちなみに会場内はすべて撮影禁止。
大判の図録は847頁の重厚なもので、値段は67ユーロ。作品解説のみの展覧会ガイドは319頁で10ユーロ。どちらもドイツ語版、英語版の二種類が揃っていました。

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8年の歳月をかけ、多くの研究者やキュレーターが関わり、前例のない規模で結集させたという展覧会を、8つのセクションに沿って紹介していきたいと思います。

   *   *   *

1.余波:零時と原子の時代(Aftermath: Zero Hour and the Atomic Era)

展覧会は、原子爆弾の黙示録的なイメージと、強制収容所の恐怖から幕を開けます。
戦争の終結は、ヨーロッパ主導の政治の終わりと、米国の軍事支配の時代のはじまりを意味しました。それは同時に、冷戦と軍拡競争という新しい戦争を引き起こします。
キノコ雲の図像は、皮肉にも、軍事技術によって地球規模の相互意識が接続する象徴となりました。

原爆に焦点を当てた最初の部屋の正面には、丸木夫妻の原爆の図第2部《火》と第6部《原子野》が掲示され、右側の壁には、イサム・ノグチの《Memorial to Man》の写真が大きく引き伸ばされています。ノグチは核の破壊によって荒廃した地球から火星に文明を移す未来を想像し、ナスカの地上絵のような人類の記念碑を構想しました。
他にもヘンリー・ムアの《Atom Piece》などの彫刻や、カレル・アペルの《広島の子供》などの絵画、山端庸介が被爆翌日の長崎で撮影した写真のうち7点が展示され、アラン・レネの映画《ヒロシマ・モナムール》の部分映像と米軍撮影の原爆投下の記録映像も投影されていました。
ドイツを代表する現代美術家のヨーゼフ・ボイスのインスタレーション《Monuments to the Stag》やゲルハルト・リヒターの油彩画《Bomber》が展示され、展覧会全体の印象を決定づけるような作品の多いセクションでした。

【主な作品】(タイトルをクリックすると出品作の画像に移動します)
Memorial to Man (Isamu Noguchi)
Hiroshima Panels (Iri & Toshi Maruki)
Manifesto Nuclear BUM (Enrico Baj)
Hiroshima Child (Karel Appel)
Atom Burst (Roy Lichtenstein)
Atomic Power (Weaver Hawkins)
Liquidation of the Ghetto (Andrzej Wróblewski)
Hand Monument to the Heroes of the Warsaw Ghetto II (Alina Szapocznikow)
Monuments to the Stag (Joseph Beuys)

2.形象の諸問題(Form Matters)

戦後、欧米を中心に世界を席巻した「アンフォルメル」、「抽象表現主義」、そして日本の「具体」といった非定型を志向した前衛芸術運動に焦点を当てたセクションです。
戦争と破壊をもたらした科学的合理主義への批判から幾何学を拒否し、身体性や物質性、偶然や物理的法則を好んだ戦後の典型的表現であると意味づけられていました。
日本からは草間彌生、工藤哲巳、白髪一雄、嶋本昭三が出品。世界的に広がった運動のため、展示作家数、作品数がもっとも多いセクションでした。

【主な作品】
Big Shot – Gallery J Session (Niki de Saint Phalle)
Sunset in Alabama (Jean Fautrier)
Spatail Concept (Lucio Fontana)
Green Square (Mohan Samant)
Work II (Kazuo Shiraga)
Black Form on Grey Square (Antonio Tàpies)

3.人間の新しいイメージ(New Images of Man)

広島、長崎、アウシュヴィッツは西洋文明の失敗を意味していました。しかし、戦後、またしても国連や世界人権宣言などの西洋主導の権威的な枠組みを整備し、「公正」な制度を確立しようという矛盾した試みが生まれます。
芸術家は、抑圧的な社会体制における個人の権利をめぐる議論の中で、人間の本質そのものを深く探究しようとしました。
このセクションでは、フランシス・ベーコンの《教皇》や河原温の《考える男》など、人間性の喪失に恐怖する現代人の変形した姿や、パブロ・ピカソの《朝鮮の虐殺》、ダヴィド・シケイロスの《合衆国のカイン》など政治的な意味を持つ人間像が提示されています。
西側のモダニズムにも東側のマルクス主義にも属さない、非欧米圏の独自の人間像も印象に残りました。

【主な作品】
Baggar in Cirebon (Affandi)
Pope (Francis Bacon)
Man (Maqbool Fida Husain)
Thinking Man (On Kawara)
Massacre in Korea (Pablo Picasso)
Negroes [Nuba] (Gerhard Richter)
Cain in the United States (David Alfaro Siqueiros)

4.リアリズム(Realisms)

冷戦期におけるもう一方の代表的な表現は、ソ連、中国など東側諸国を中心に広がった社会主義リアリズムでした。
雪の中で山越えをする毛沢東と人民の一行を描いた水墨画や、朝日を浴びて大地に立つスターリンの肖像画など、「偉大な人物」を顕彰する作品がひときわ目を惹きます。

とはいえ、「リアリズム」とは決して単一のスタイルだったわけではなく、工事現場で鉄骨の上に座り本を読みながら休憩する労働者を描いたチェコ・スロヴァキアの画家Willi Sitteの油彩画や、米国で黒人教育の歴史を描いたJohn Biggersの作品、そしてアンドリュー・ワイエスのリアリズム絵画などもこのセクションに含まれています。

【主な作品】
The History of Negro Education in Morris County, Texas (John Bigger)
Portrait of Georgy Zhukov, Marshal of the Soviet Union (Vasiliy Yakovlev)
Marching Across the Snow-Covered Mount Minshan (Jia Youfu)
The Morning of Our Motherland (Fyodor Shurpin)

5.具体的なビジョン(Concrete Visions)

戦後の主流となった抽象画はアンフォルメルのようなスタイルに代表されますが、南米では「反主義」的な生命主義がモダニズムに結びつき、絵画なら色彩や構成、立体なら素材と量塊を重視する「コンクリート・アート」(具体芸術)が発展しました。
キューバやブラジル出身者の作品が多く、入口の大ホールに天井から吊られている本永定正の色水の作品も、このセクションに位置づけられているようです。

【主な作品】
Color Cube (Aluísio Carvão)
Untitled [Transformable Structure] (Sandú Darié)
Struggle Between Life and Death (Erhabor Emokpae)
Work [Water] (Sadamasa Motonaga)

6.コスモポリタン・モダニズム(Cosmopolitan Modernisms)

おそらく、このセクションが、この展覧会におけるもっとも重要なテーマなのではないかと思いました。
ここでは、自由や開放といったコスモポリタン(国際人)の概念は、第2次世界大戦を経て、亡命、移住、ディアスポラへと大きく変化した、と定義されています。
「新たなハイブリッド」とは、(旧)植民地の出身者が西洋で学び、あるいは抑圧を逃れた難民が故郷を離れて他の安全な場所を見つけたときに現れるというのです。

とはいえ、残念なことに、このセクションの出品作家を、私はほとんど知りません。
昨年の米国出張の際に個展を観た、米国南部の黒人の歴史を描いたジェイコブ・ローレンスだけは、かろうじて知っていました。
作家の出生地をチェックすると、シリアやイラン、エチオピア、ナイジェリア、スーダン、エジプトといった国が目につきます。しかし、死没地は米国や英国が多いことに気づきます。
今回の展覧会は、作家情報の欄に生没年のほか出生地・死没地も明記されています(丸木夫妻の死没地が埼玉でなく東京と誤って記されているのは残念)。
そうした表記は、新たな「コスモポリタン」像を浮き上がらせるための工夫なのだと気づきました。

【主な作品】
Night Flight of Dread and Delight (Alexander Boghossian)
Early Figures (Avinash Chandra)
Mask with Musical Instruments (Uzo Egonu)
Four Sheep (Jacob Lawrence)
Devil’s Dog (Prince Twins Seven Seven)

7.形を求める国家(Nations Seeking Form)

このセクションも「ナショナリズム」という重要なテーマに焦点を当てています。
第2次世界大戦における大規模な破壊を反省した欧米の芸術家は、腐敗し、軍国主義的な姿勢をとる国家や権力との協調を拒みました。
ジャスパー・ジョーンズによる黒い星条旗の油彩画や、黒人に犬をけしかける白人警官のイメージをシルクスクリーンで印刷したアンディ・ウォーホルの作品などが挙げられています。

しかし、アジアやアフリカ諸国など、新たに独立を勝ち取った国々では、ナショナリズムは異なる価値を持っていたという視点も盛り込まれていました。
「戦後」のこの時期、ナショナリズムという概念は、さまざまな状況の中で変化を続けていたのです。

ナイジェリアの芸術家Ben Enwonwuは、国家のアイデンティティを確立するための表現を模索し、ヨーロッパの偏見を助長しかねない伝統的なマスクや楽器などのイメージをあえて用いて、政治的な役割を果たしています。
また、ユダヤ人の《終わらない航海》を描いたMitchell Siporinの絵画が展示される一方で、パレスチナ出身のIsmail Shammoutが描いた《悲劇の始まり》も並んでいるという点も、なかなか興味深いところでした。

【主な作品】
Going (Ben Enwonwu)
The Confederacy Alabama (Robert Indiana)
News of Gandiji’s Death (Krishen Khanna)
Beginning of the Tragedy (Ismail Shammout)
Endless Voyage (Mitchell Siporin)

8.ネットワーク、メディア、コミュニケーション(Networks, Media & Communication)

展覧会の最後のセクションは、ネットワーク技術の進化とコミュニケーションが取り上げられています。
ナム・ジュン・パイクのビデオアートや、松本俊夫の実験映像《銀輪》(今展での出品作家名は「実験工房」)も上映されていました。

戦後20年の「最先端」の映像表現が懐かしく見えるほど、その後のメディアの進化は著しく、資本と結びつきながら、国家やイデオロギーといった従来の概念を超えて、世界規模で影響をもたらしているように見えます。
その問題はこの企画の射程ではありませんが、メディアアートの登場が示すのは、すでに前兆が生まれていたということでしょう。
新たな技術の時代の幕開けは、功罪を併せ持ちながら大勢の人間の運命を押し流していくという点で、最初のセクションに取り上げられた原子力にも接続していくように思いました。

【主な作品】
Ginrin [Silver Wheel] (Jikken Kōbō)
Cut Piece (Yoko Ono)
Axle (Robert Rauschenberg)
Electric Dress (Atsuko Tanaka)

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2015年を中心に、日本国内でもやはり「戦後70年」あるいは「1940年代」を回顧する企画が続きましたが、国内だけの視点では見えないものがあまりにも多いと、この展覧会を観て痛感しました。

《原爆の図》についても、単独で展覧会を開いた昨年の米国巡回展とは、まったく異なる視点を提示されたような気がします。
ほとんどのセクションのテーマに、《原爆の図》との関連性を見出すことができそうです。

この展覧会に出品されたことの意味をどう考えるのか。
すぐに結論を出すのではなく、今後じっくりと考え続けていきたいと思いますが、ともあれ、《原爆の図》の歴史に残る、重要な展覧会であったことは確かでしょう。
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