2016/8/23

NHK広島“もうひとつの「原爆の図」”放送  TV・ラジオ放送

2016年8月23日、NHK広島放送局「お好みワイドひろしま」にて、特集“もうひとつの「原爆の図」”が8分30秒ほど放送されました。
取材をして下さったのは、梨本英央記者です。どうもありがとうございました。
以下に、放送内容を記録しておきます。

   *   *   *

―スタジオから

松崎洋子キャスター 特集です。広島出身の画家・丸木位里と俊の夫妻が、原爆被害の模様を描いた《原爆の図》。実はこの《原爆の図》には、作者自身が描いたもうひとつの作品があることがわかり、今、注目を集めています。

出山知樹アナウンサー 《原爆の図》は、およそ30年にわたり、全部で15部のシリーズですけれども、最初期の1部から3部までは、ふたつ描かれていました。いったい、なぜふたつ描かれたのか、探りました。

―原爆の図丸木美術館外観

ナレーション(報告:梨本英央記者) 原爆の図を所蔵する埼玉県の原爆の図丸木美術館。今年の春、初めてふたつの《原爆の図》を並べて展示する展覧会が開かれました。

―原爆の図第1部《幽霊》

ナレーション 1950年、最初に描かれた原爆の図《幽霊》。占領下、原爆被害の報道が禁じられていた中、初めて被爆者の姿を大きく描き、大反響を呼びました。

―第1部《幽霊》オリジナルから再制作版へ

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ナレーション シャープな線描と淡い墨で描かれたオリジナル。一方、知られざるもうひとつの《原爆の図》は、再制作版と呼ばれ、より濃く描かれています。

―オリジナルと再制作版を画面上で比較

ナレーション 淡いオリジナルと、暗い再制作版。いったいなぜ、《原爆の図》はふたつあるのでしょうか。

―丸木美術館事務室にて、資料を取り出す岡村

ナレーション 展覧会を企画した岡村幸宣さん。7年前、《原爆の図》の動向を調べて行くうちに、突き当たったのが再制作版でした。

―《原爆の図》を描く丸木夫妻

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ナレーション 再制作版とは、複製ではなく、作者の丸木位里と俊が、もう一度描いた本物だという意味です。二度描いた理由を探ると、自伝の中に描かれていました。

―映画『原爆の図』(1953年)より、二人の共同制作のシーン

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ナレーション GHQ占領下にあった1950年の暮れ、夫妻はアメリカ人から《原爆の図》を本国で展示するので、すべて渡してほしいと依頼されます。このとき、作品に危険を感じた夫妻は、もうひとつ描くことにしました。

―岡村のインタビュー

岡村 実際、絵はできあがったものの、最後の最後で丸木夫妻はアメリカ行きを断るんですね。やっぱり、絵を持っていく人がどこか信用できないというので。断ってしまったがために、手もとにふた組の《原爆の図》が残った。

―原爆の図再制作版《幽霊》

ナレーション 占領軍が隠す原爆被害を初めて公開した《原爆の図》は、公開以来さまざまな圧力にさらされてきました。再制作版は、押収など不測の事態に備えた予備だったのです。

―映画『原爆の図』より巡回展の旅のシーン

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ナレーション 《原爆の図》は、ほかの絵画にはない役割を担っていました。この記録映画のとおり、箱に収められ、作者とともに全国を旅したのです。各地で巡回展が開かれ、報道では伝えられない原爆被害を多くの人びとに伝えました。

―封筒から当時の写真と資料を撮り出す西岡洋さん

ナレーション 64年前、当時大学生だった西岡洋さん。首都圏の巡回展を手伝った一人です。巡回展の展示内容をノートに写していました。それは、学生たちが調べ上げた原爆のしくみや体への影響など科学的な情報。巡回展は、芸術鑑賞よりも、むしろ原爆被害の実態を伝える場だったのです。

―展覧会場に立つ若き日の西岡さん

ナレーション 長崎で被爆した西岡さんは、被爆直後の状態も合わせ、パネルで伝えました。そして自らの《原爆の図》の前に立ち、壮絶な被爆体験を語りました。

―西岡さんへのインタビュー

西岡 話をしますと、みなさん本当に熱心に聞いてくださいますね。これは私びっくりしましたね。やはり原爆というものを知らなかったと、それが何か知らせに来ると言うので、好奇心ですね。これはぼく大きかったと思います。

―武蔵野市・平山博物館展。場外に列をなす人びと

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ナレーション 巡回展は各地で満員。原爆の脅威を知らされた人びとによって、反戦・反核の社会運動にまで発展しました。

―巡回展の開催地を緑色の点で落とし込んだ日本地図

ナレーション 岡村さんが調べた巡回展の全体像です。わかっているだけで4年間に170箇所、170万人を動員しました。

―開催地のうち再制作版の巡回展が赤丸に変化、全体の約半分が赤くなる

ナレーション 赤で示したおよそ半分を担ったのが再制作版。ふたつあったからこそ、監視の目を抜け、短期間にこれだけの人びとに伝えることができたのです。

―岡村へのインタビュー

岡村 隠されていた、見ることが誰にでもわかる形で伝えるという点で、再制作版の果たした意義というのは、大きかったと。再評価すべきだと思います。

―原爆の図再制作版《幽霊》

ナレーション 占領が解け、原爆の報道が盛んになると、使命を終えた再制作版は、表舞台から去ることになりました。

―第3部《水》オリジナルから再制作版へ

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ナレーション しかし、岡村さんは、忘れられていた再制作版には、オリジナルとは違う力が宿っていると考えます。たとえば、第3部の《水》。ふたつはまったく印象が違います。

―オリジナルと再制作版の《水》の母子像部分を比較

ナレーション 淡く、余白の大きなオリジナル。一方、再制作版は暗雲が垂れ込めます。

―オリジナルと再制作版の《水》の屍の山部分を比較

ナレーション 淡い墨で描かれたオリジナルの死者の山。再制作版では色がつき、生々しく描かれています。

―岡村へのインタビュー

岡村 芸術としての完成度はオリジナルの方が高いんじゃないかと思いますが、何かこう、観る人に伝わってくる生々しさは、再制作版の方が大きいんじゃないかと思うときもあるんですね。もっと色をつけたり、もっと墨を流したり、そういう風にリアリティを追求することで、より原爆の恐ろしさを強調できるのではないかと、そういうことを考えていたのかもしれないなと。展示してみて初めて感じたんですけれども……

―広島市現代美術館外観

ナレーション 7月末、再制作版を所蔵する広島市現代美術館で、20年ぶりに再制作版の《原爆の図》が展示されることになりました。

―展示作業風景

ナレーション その存在意義が再評価され、戦前戦後の激動の時代を振り返る展覧会で、いま、公開されています。

―原爆の図《幽霊》再制作版

ナレーション 芸術の枠を越え、被爆を伝える使命を担ったもうひとつの《原爆の図》。占領下の規制に抗い、真実を伝えた人びとの思いがこもった作品でした。

―再びスタジオから

松崎キャスター ご紹介した原爆の図第1部《幽霊》の再制作版は、10月10日まで広島市現代美術館の「1945年±5年」展で展示されています。

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