2016/7/14

『中国新聞』に「四國五郎展」紹介  掲載雑誌・新聞

「辻詩」に託した反戦の志 四国五郎展
 ―2016年7月14日付『中国新聞』朝刊

広島で四國五郎の調査を丹念に行ってきた『中国新聞』文化部の森田裕子記者が、「四國五郎展」の詳しい記事を書いて下さいました。
記事全文は、以下のWEBサイトでご覧いただけます。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=61538

やはり、今回は「辻詩」を中心に紹介するメディアが多いようですね。
以下、記事より「辻詩」に関する個所を抜き出します。

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 油絵やスケッチなど約80点が並ぶ同展で、異彩を放つ一群がある。3年間のシベリア抑留を体験し、古里に戻った四国が50年ごろ、峠と交流する中で生まれた「辻詩」。社会への鋭い批判を絵と詩のセットで表現したポスターのような作品だ。

 時は米国を中心とする連合国軍の占領下。朝鮮戦争が勃発し、米軍が原爆の使用も検討する中、厳しい言論統制が敷かれていた。人通りの多い町辻の壁や電柱に画びょうで張っては、危ないと感じると取り外して逃げたという。

 「われらは語りつぎ うたいつぐ 祖国の地上にふみにじられた ひとびとえの 愛と怒りとにくしみと」とつづる詩の背景に靴跡が描かれた辻詩は、米国旗を思わせる色使い。占領政策への抵抗がにじむ。別の辻詩は、きのこ雲の下の惨状を想起させる半裸でよろめく親子のシルエットと詩の組み合わせ。原爆で焼かれて不戦を誓った国の米軍基地から、爆撃機が飛び立つさまを指弾する。

 「朝鮮戦争が始まってからは、作品というより反核闘争の手段になった」と四国は後に回想している。100枚は作ったというが、多くは没収されたりなくなったりして、現存するのは8枚のみ。今回、そのすべてが展示されている。四隅に残る無数の画びょう跡が、当時の緊迫した空気と抵抗の軌跡を伝える。


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わざわざ広島からオープニングトークに来て下さった森田記者に、心から御礼を申し上げます。
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