2016/1/4

ヨシダ・ヨシエさん逝去  分類なし

2015年1月4日未明に、美術評論家のヨシダ・ヨシエさんが亡くなられました。
昨年末から予断のならない状況と伺っていましたが、ご家族に見守られての穏やかな最期とのこと。

美術評論家として、本当に多岐にわたる仕事を残された方で、光田由里さん、中嶋泉さん、足立元さんによる2009年のインタビューが日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイブスに掲載されています。

【第1回】
http://www.oralarthistory.org/archives/yoshida_yoshie/interview_01.php

【第2回】
http://www.oralarthistory.org/archives/yoshida_yoshie/interview_02.php

丸木美術館との接点としては、1950年代の原爆の図巡回展が挙げられます。
占領下に置けるゲリラ的な展覧会は、ヨシダさんが語り続けたことで、その記憶が継承されていったのです。
私の調査研究は、そのヨシダさんの語りを客観的に検証することから始まっているので、必ずしもヨシダさんの証言通りというわけにはいかなかったのですが、ご長男のKさんに「これまで断片的な知識しかなかったものが、事実の前後関係が解りやすく記されているので興味深いです。特にヨシダ・ヨシエの口述と記録に違いが観られるところなど笑えました。父は元来サービス精神旺盛なため、他人に語る時脚色を加えます。そのうち事実と虚構の区別が自分でも本当につかなくなるという傾向があります」とのご感想を頂いて、ほんの少しだけ気が楽になったものでした。

ヨシダさんに本を読んで頂けなかったことは、残念なような気もするものの、もうこれ以上は聞けないというほど何度も聞き取りをさせて頂いたので、これはこれで良かったのだという気もしています。

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写真は1952年の立川展で身振りを交えて《原爆の図》の解説をするヨシダさん。
最後に丸木美術館に来られたのは、昨年1月22日のテレビの取材で、とりわけ女性に対する優しさとサービス精神の旺盛さは、年を重ねてもまったく変わることはありませんでした。

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美術の現場に、そして社会の現場に一貫して寄り添いながら評論活動を行った、本当に稀有な方でした。
心からお悔やみ申し上げます。
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