2015/11/17

【米国出張I】ヒバクシャ・ストーリーズ  調査・旅行・出張

ニューヨーク滞在最終日は、キャサリン・サリバンが主宰する原爆体験を伝える教育プログラム「ヒバクシャ・ストーリーズ」を見学。

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この日パイオニア・ワークスに来場したのは、ノルウェーから政府の助成でニューヨークに来ていた大学生たち。
トロント在住の被爆証言者・サーロー節子さんと、原爆投下を指示したトルーマン大統領の孫のクリフトン・トルーマン・ダニエルさんが日米双方の立場から証言とスピーチを行いました。

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はじめにキャサリンが行った核問題の現状についてのレクチャーでは、1954年のビキニ水爆実験を知っている生徒が一人もいないというのが、個人的にはちょっとした衝撃でした。
福島という地名を聞いたことがあると挙手した生徒も半分くらいです。
国が違えば知識も違うという、当然といえば当然のことを再認識しました。

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サーロー節子さんは、ご自身の被爆体験やその後の人生を振り返りながら、最後に広島女学院の亡くなった生徒351名の名前が記された横断幕を広げ、ひとりひとりにかけがけのない人生があったことを伝えました。

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クリフトン・トルーマン・ダニエルさんは、折鶴の物語で知られる佐々木禎子の兄である佐々木雅弘さんとの出会いから、広島を訪れることになった体験を語りました。

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実は前夜にキャサリンの夫のブレイスの実家で開かれたパーティに招かれ、節子さんやクリフトンとともに、佐々木雅弘さんと祐滋さんにもお会いしていたのです。お二人はクリフトンの働きかけでカンザスシティのトルーマン図書館に禎子の折鶴が寄贈されることになったため、渡米されていたのでした。
下の写真は、食事の後で「INORI」を歌う祐滋さん。今年5月5日に丸木美術館でも公演して頂きました。

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その夜の挨拶で、若い頃から平和運動に関わっていたクリフトンが、祖父とはうまくいかない関係だったけど、死ぬ間際に「お前を誇りに思う」と声をかけられた、と告白していたことがとても印象的でした。

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集中して話を聞くノルウェーの学生たちの真剣なまなざしが凄いです。

その後は昼食をはさんで、《原爆の図》の展覧会を見学。

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ノートに思いついたことや絵を自由に書いていきました。
一所懸命にペンを走らせる学生たち。

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一度集合してグループごとに感想を交換した後、今度は被爆資料や、Eikoさんが福島で撮影した写真の展示を見てまわります。

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学生たちのノートを紹介して感想を聞くのは、キャサリンとともに「ヒバクシャ・ストーリーズ」に取り組んでいるロバートです。彼はキャサリンいわく、やりたいと思ったことを具体的に実現させる「夢の建築家」。

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こうした試みは日本の学校でもやることはありますし、それぞれのノートを見ながらディスカッションする、というプログラムも、熱心な学校はやるかもしれません。

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もっとも興味深かったのは、最後に、ペアを組んで向き合って座り、ひとりが2〜3分間、相手に対して、キャサリンから指示された「私がこの絵を見て思ったことは・・・」「私にたくさんお金があったら、核をなくすためにやることは・・・」というテーマに沿って話し続け、もうひとりは静かにじっと耳を傾ける(そして、3つのテーマが終わったら役割を交替する)というプログラムでした。

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人は他人に話すとき、自分の体験を整理して、考えを構築します。原爆についてせっかく学んだことを、より深く考え、自分のものに消化するためには、とても有効な方法だと思いました。

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最後はあなたたちも参加して、と言われて、日本のピースボートで働いていたというローズさんとペアを組みました。
写真は、《原爆の図》の前で、詩のような言葉を書きとめるローズさん。真剣なまなざしです。

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ローズさんには、この日、キャサリンが製作している記録映画のためにインタヴューを受けたとき、通訳のお手伝いをしてもらいました。《とうろう流し》の前の写真は、そのとき撮った記念写真です。

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最後に、このプログラムに参加していたもう一人の被爆者で、原爆の図米国巡回展にも立ち上げから関わり続けていた杉並光友会の平田道正さんが、スピーチをされました。平田さんは、第五福竜丸の被ばくや、その後杉並からはじまって全国に広がった署名運動について、プログラムの最後のピースを埋めるように話をして下さいました。

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平田さんには、映画『ミリキタニの猫』の監督であるマサ・ヨシカワさんも紹介して頂きました。
さまざまな人と出会い、支えられて開催にたどりついたニューヨーク展。これから1か月、さらに多くの人に絵に向き合い、戦争や核についての想像力を広げてもらいたいと思っています。

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最後の写真は、パイオニア・ワークスの最寄り駅Smith-9th Street(徒歩20分)、つまりブルックリンの下町から見上げるマンハッタンの摩天楼。
いよいよ明日は日本に帰国します。
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