2015/6/13

【米国出張第6日】原爆の図ワシントン展開幕  調査・旅行・出張

いよいよ、ワシントンD.C.のアメリカン大学で原爆の図展がはじまりました。
開館前の美術館に入り、まずは無人の展示室を記録しました。

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静かに開幕を待つ6点の《原爆の図》。
開館と同時に、少しずつ来場者が現れ、それをたちまち日本のメディアが追いかけます。

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NHKではすぐにニュースが流れたようです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150614/k10010114011000.html

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「原爆の図」米ワシントンで初の展示
 ――2015年6月14日 NHKニュース

原爆投下から70年となることし、原爆投下後の広島や長崎の惨状などを描いた「原爆の図」が日本の美術館からアメリカに貸し出され、首都ワシントンで初めて展示されました。

ワシントンにあるアメリカン大学で13日に始まった展示会では、画家の故・丸木位里、俊夫妻が原爆が投下されたあとの広島や長崎の惨状などを描いた「原爆の図」6点が展示されました。
「原爆の図」は、原爆投下から70年となることし、核兵器の廃絶を訴えようと、埼玉県にある美術館から貸し出されたもので、展示会はアメリカの核問題の歴史研究者などが協力し開かれました。
展示された作品「幽霊」は、原爆の爆風や高熱によって衣服が焼け落ち、ただれた皮膚を引きずりながらさまよう人々の姿が生々しく描かれています。「原爆の図」がアメリカの首都で展示されるのは初めてで、中には、広島で被爆したアメリカ兵の捕虜を描いた作品も含まれています。
アメリカでは今なお原爆投下を正当化する意見が少なくありませんが、会場では、「普通の暮らしをしている人たちに原爆を投下する必要はなかった」と話す女性もいました。
また、展示会を主催したアメリカン大学美術館のラスムセン館長は「これをきっかけに原爆のことなどを議論してもらいたい」と話していました。
「原爆の図」の展示会はワシントンで8月16日まで行われたあと、ボストンやニューヨークでも開催が予定されています。

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1995年に「原爆展」の中止問題で揺れたスミソニアン航空宇宙博物館の元職員も来場し、《原爆の図》を素晴らしい作品だと褒めてくれました。

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笑顔のラスムセン館長と会場アルバイトの学生たち。
無事に開会を迎えて、館長も嬉しそうです。

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午前中の来場者は少なくて心配しましたが、夕方になるにつれて次第に多くなっていきました。

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この日取材に訪れたのは、NHKのほか民放全社。日本テレビ系は早川さんの元職場・日本テレビと広島テレビの両方が来ていました。さらに読売新聞、朝日新聞、毎日新聞も。海外では、中国やロシアのテレビ局も来ていました。

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オープニング・セレモニーでは、企画者のピーター・カズニック教授が司会をつとめ、広島平和記念資料館の志賀館長、広島の被爆証言者の山本さん、長崎の被爆証言者の深堀さん、原爆の図展企画者の早川与志子さん、丸木美術館の小寺隆幸理事長、アメリカン大学美術館のジャック・ラスムッセン館長が次々と壇上に立ち、スピーチを行いました。

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とりわけ、山本さん、深堀さんの被爆証言は、来場者に大きな衝撃を与えたことでしょう。
レセプション終了後、大勢のメディアが山本さんを取り囲んで取材をされていました。

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ピーター・カズニック教授のもとへ、第二次世界大戦の退役軍人が詰め寄る一幕もありました。
かつてテニアンで通信兵をしていたという94歳の男性です。

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「原爆投下の是非」を問う議論なのか……とすぐに日本のメディアに取り囲まれましたが、はっきりとそういう質問をしたわけではなかったようで、後でピーターさんに聞いたところ、「なぜ二回目に長崎へ原爆を投下したのか」「当日の天気はどうだったのか」といった内容を、敵意むき出しでぶつけてくるという、ちょっとよくわからないやりとりだったようです。
とはいえ、彼はやはり原爆投下を肯定する立場であり、「私たちがこの絵のようになっていたかもしれないんだ。日本は中国で何をしたんだ」とも語っていました。それも一理あるとは思いながらも、ピーターさんは「高齢だから、議論が難しい」と言い、「若い人たちの意識を、少しずつ変えていきたい」と話していました。

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この日は美術館全体で5つの展覧会がオープニングを迎え、1階のロビーではパーティもはじまりました。

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《原爆の図》の前では、オール・ソウル・チャーチ(ワシントンD.C.にあり、広島の子どもたちとの交流の絵が60年ぶりに発見されて数年前に話題になった教会)の合唱団が歌います。
出演者や観客が絵にぶつからないように、冷や冷やしながら見ていましたが、美術館スタッフが大勢絵の前に立って下さり、何とか無事に終わりました。

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夜遅い時間でしたが、親子で《原爆の図》を見る光景も見られました。
かつて日本の巡回展で見られたという、「このややこが、焼けて死んだんやで……」という光景を思い起こします。

米国でも、若い世代には核に対する否定的な意識も増えていると聞きます。
しかし、この日の会場では、85歳の元沿岸警備兵の男性からも「この絵は素晴らしいと思う。人間の想像力には限界があるから、絵が大きな役割を果たすだろう」という感想が聞かれ、世代にかかわらず、《原爆の図》の前に立つという“体験”が、それぞれの心に響いていたことを感じさせました。

私もNHKと広島テレビの前でコメントをしましたが、思っていた以上に多くの人に来場いただいた展覧会初日。
原爆の絵を見て、多くの人が「美しい……けれども悲しい」という言葉を口にしている姿を見て、あらためて《原爆の図》の持つ芸術的な力を再確認する思いでした。

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オープニングの後は、美術館近くのイタリアン・レストランで、ラスムセン館長夫妻、カズニック夫妻、広島平和記念資料館・丸木美術館関係者一行で夕食をとりました。

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そして食後……実はこの日、私は誕生日を迎えていたのですが、突然目の前にかわいいティラミスがあらわれ、皆さんから「Happy Birsthday!」の合唱でお祝いを頂きました。

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事前に何も聞いていなかったので、本当にびっくりしました。
仕事に追われて、すっかり疲れ果てた一日でしたが、忘れられない誕生日になりそうです。
皆さまには心から御礼を申し上げます。
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