2015/3/30

Ring-Bong第5回公演『闇のうつつに我は我かは』  館外展・関連企画

小竹向原のサイスタジオコモネで開催中のRing-Bong第5回公演『闇のうつつに 我は我かは』(4月5日まで)。
上演後のアフタートークに参加してきました。

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文学座の俳優で劇作家の山谷典子さんが丸木美術館に初めて来たのは、かれこれ4年ほど前のことになります。そのとき、「丸木美術館をテーマにした戯曲を書きたい」という話もしたような、うっすらとした記憶もあります。

丸木夫妻の評伝劇ではなく、自分はフィクションしか書けないから創作劇として書きたい、という彼女の言葉を聞いて、うまく成立するのかな、と期待半分、不安半分だったことは、よく覚えています。

その後、山谷さんの主宰する演劇ユニットRing-Bongの公演を見せて頂いて、すっかり心を揺さぶられてしまったのですが、「丸木美術館をテーマにした戯曲」の話は特に出ないまま、毎年公演を楽しみにしてきました。

ラジオドラマ用の脚本に丸木美術館を取り上げたい、という話を山谷さんから聞いたのは、一昨年のことです。脚本を書くために、図録や書籍などの関連資料をお貸しして、美術館で働くなかでの実体験についてもいろいろ取材を受けました。
結局、その企画は朗読劇となり、昨年は実際に公演も行いました。

創作劇なので、「丸木美術館」そのものの話ではないのですが、戦後に《とうろう流し》の絵を描いた女性画家と、その絵を展示する美術館の物語。
役者さんの言葉によって命を吹き込まれた戯曲は、深みも迫力も増して、朗読劇を聞く人たちの心を揺さぶり、さまざまな心配も一気に吹き飛びました。

そしてその頃、今年のRing-Bong公演で、舞台用に戯曲を書き直したいという話も聞きました。
昨年8月6日のひろしま忌には、役者さんたちもとうろう流しに参加して下さいました。
山谷さんから頂いた舞台用の脚本は、朗読劇をベースにしながら、さらにテーマを掘り下げた内容になっていました。

山谷さんが、丸木夫妻の残した原爆の図のなかでも《とうろう流し》の絵に惹かれた理由は、わかるような気がしました。
原爆投下から20年以上の歳月が経って描かれたその絵画は、過去と現在が交錯し、時間が行きつ戻りつするという、彼女の書く戯曲そのもののような作品だったからです。

それは、私たちが「歴史」をどのように受け止めるか、という姿勢にもつながります。
過ぎ去った時代の物語ではなく、今につながる私たちと地続きの現実。
時は未来という一方向のみに開かれたものではなく、過去の記憶にも開かれて、私たちは時間を行きつ戻りつしながら、よろこびやかなしみを抱えて生き続けるのです。

『闇のうつつに 我は我かは』は、戦時中のアトリエ村(舞台は「池袋モンパルナス」と呼ばれた東京・豊島区のアトリエ村がモデル)と、現在の郊外にある小さな美術館の時間が、深く交錯しながら進んでいきます。

Ring-Bongの舞台は、いずれも複数の時間の転換が見どころになっています。
第3回公演までは、ベテランの俳優さんが「過去」の時代で突然「子役」を演じるという意外性に惹きつけられました。
昨年の第4回公演『しろたへの春 契りきな』では、逆に若い俳優さんが「現代」の場面で年老いた役を演じていました。

今回の公演では、「過去」と「現在」において“遠藤孝之”という同一人物を、年齢の離れたふたりの役者さんが演じています。ごくオーソドクスな配役といえるのでしょう。
それでも、場面転換のときに「過去」と「現在」の二人の遠藤が互いをじっと見つめ合う場面や、同じセリフをそれぞれが交錯するように語る場面などからは、現実の世界ではあり得ない、演劇ならではの夢と現実の境界を行くような「リアリティ」が生まれます。
もちろん、この演劇ユニットの強みである音楽(歌と生演奏)も、いつものように大きな効果を発揮しています。

今回は稽古場にも足を運んで、舞台がどのように作られていくのか、演出の小笠原響さんが役者さんたちにどんな指示を出しているのかというところも見せて頂きました。
次第に戯曲が舞台として立体的に浮かび上がっていく過程は、とても興味深いものでした。

戦時中のアトリエ村の住人たちは、架空の人物であるにもかかわらず、何度も見ているうちに、まるで本当に存在している人物のように思えてきました。
三輪学さんが演じたシュルレアリスムの画家“恩田薫”は、丸木位里、それから三岸好太郎のイメージも少し入っているように思いましたが、自由を奪われつつある当時の画家たちの苛立ちを体現しているような存在です。
山谷さんの演じる“恩田さき”は、丸木俊をモデルにしていますが、それだけでなく、戦時中の女流画家を象徴する人物として描かれていて、見ているうちにとても切なくなります。
さきの兄である“河野豊”を演じた高野絹也さんは、演奏と歌が本当に素晴らしいです。Ring-Bongの舞台では、毎年、高野さんが何を演奏するか楽しみにしていますが、今回はオルガンを弾いています。
若井なおみ演じるさきの妹の“河野ひさ”は、郵便配達で国に貢献する女学生。時代の空気に沿って健気に生きる悲しみを背負った存在として描かれています。
村松えりさん演じるモデルの“吉岡杏夢”はまるで「モンパルナスのキキ」のような存在感。
蓮池龍三さん演じる演劇人“和田市郎”の過剰なテンションも、本当にアトリエ村にはこういう変わった住人がいそうだなあと楽しくなります。
画家志望の若者“遠藤”は、芸術とは何かと悩み続ける真摯な青年。中国への出征を経て変化していく彼の内面を、田中宏樹さんが好演しています。

一方、現代の「つつじヶ丘美術館」を訪れた謎の来館者“遠藤”を演じた小笠原良知さんは、舞台の端でじっと立っているだけで、歳月の流れの重みや、複数の時間の存在を感じさせます。
美術館館長の“福田陽子”を演じた大崎由利子さんが、とうろう流しで川の向こうを見上げる場面は、ぼくのとても好きな場面です。脚本を読んだとき、最後のセリフが難しいのではないかと懸念したのですが、とても自然に、胸を打つつぶやきになっているように思いました。
出産を間近に控えた美術館職員の“高橋翔子”を演じた大月ひろ美さんの、明るく、さりげなくコミカルな演技も、いつも楽しみに見ていました。
そして美術館唯一の学芸員(!)“松野洋介”を演じた辻輝猛さんとは、顔を合わせるたびに何やら気恥ずかしい思いもしましたが、楽しそうに演じて下さって(いや、しかし、本当に学芸員らしい場面はほとんどなかったような……)感謝の気持ちでいっぱいです。

何より、「表現の自由」という、非常にタイムリーな社会的主題を扱いながら、その主題に引きずられることも、寄りかかることもなく、血の通った“生きている物語”として練り上げていった山谷さんの力量には、本当に感心します。

この舞台については『週刊金曜日』2015年3月27日号の特集“そして、ここに「演劇」あり”に詳しく取り上げられ、山谷さんは3月29日付『毎日新聞』夕刊“人模様”でも紹介されました。
どちらも、モデルとなった丸木美術館についても言及されていますので、ぜひご覧になって下さい(↓『毎日新聞』の記事はこちらから。無料会員登録が必要です)。
http://mainichi.jp/shimen/news/20150330dde007070062000c.html

もちろん、ぜひ多くの方に、生で見て頂きたい舞台です。
チケット予約など、詳しい情報はこちらから。
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=46939
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