2014/12/28

『終わりなき近代 アジア美術を歩く 2009-2014  書籍

2014年最後の日誌は、福岡アジア美術館で購入した黒田雷児さんの著作『終わりなき近代 アジア美術を歩く 2009-2014』(grambooks)の紹介です。

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福岡アジア美術館の学芸員・黒田さんがアジア各国の美術状況を伝える、臨場感あふれるエッセイ集で、とても読みごたえがあります。

とりわけ、その根底に流れている、欧米を中心とする「近代」美術の概念を捉えなおすという姿勢には、大きな感銘を受けました。
「本文より長いあとがき」にある、次の一節には、打ちのめされる思いさえしました。

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日本での近代美術は、他のアジアと同様、十九世紀末から二十世紀初頭のヨーロッパのモダニズムから輸入された技術的・様式的な革新として理解されてきた。しかし、本来「近代」の精神とは、封建主義・独裁制・植民地主義・家父長制などからの解放、平等への希求を含むものであり、それは個人的な努力だけでなく集団的な運動であった。その点においてはヨーロッパも非ヨーロッパも変わりはないが、しかしアジアでは、西洋美術を学ぶことのできる社会的・文化的・経済的な特権者の内部において、「様式としての近代」に限定された作品群が「美術史」の「主流」とされていった。しかし、それはアジア美術の「近代」への動きのごく小さな部分を占めるにすぎない。「様式としての近代」は、第一に「技術としての近代」(油彩画、遠近法・陰影法などの技術、印刷技術・通信技術と制度、写真術、デジタル・テクノロジーなど)という、階層差を超えて社会全体を巻き込む革新のなかで理解されなければいけない。第二に、「技術」と「様式」で装備を固めることによって、上述のような、人間の解放を求める「抵抗としての近代」が噴出していく。このように考えて初めて、アジア近代・現代美術史を、単なる「西洋かぶれ」エリート層の文化としてでなく、政治・社会・文化の巨大な社会変化のひとつとしてとらえることができる。

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たんに様式だけの「近代」ではなく、社会の構造における人間の解放を求める「抵抗としての近代」。この「近代」の捉え方は、本当は非常に重要な問題でありながら、従来の美術界では、周縁に遠ざけられてきたものです。

丸木夫妻の《原爆の図》など、実にまっとうな「抵抗としての近代」の美術でありながら、その真価は一般的に周知されていません。

アジアにおけるそうした「抵抗としての近代」の美術のひとつの例として、黒田さんは魯迅とその仲間の版画家たちが提唱し広めた木刻(木版画)運動をあげています。
この木刻運動は、日中戦争下で抵抗のための文化運動として中国国内に広がり、戦後には日本のプロレタリア美術の流れを汲む美術家たちとさかんに相互交流が行われました。

しかし、こうした実践活動は、現在の美術史の視点ではほとんど評価・検証されていません。
栃木県立美術館で2000年に開かれた「野に叫ぶ人々 北関東の戦後版画運動」展や、2012年の飯野農夫也版画館「北関東の熱い大地 中国木刻画からの衝撃、戦後版画運動の一断面」はその数少ない例になります。
(今年春に丸木美術館で個展を開催された宮良瑛子さんも、北関東の版画運動にかかわっていらっしゃったとのことでした)

そして、丸木夫妻の《原爆の図》や絵本『ピカドン』などの仕事も、木刻運動から国境を超えて展開された大きなうねりのひとつに位置づけられます。
「小さな絵本」の作成や、《原爆の図》の軸装には、戦後日本に帰国した鹿地亘の妻・池田幸子からの助言が大きな影響を与えていたようなのです。

抗日運動の一環として広がった木刻運動が、米軍占領下の日本で反米運動として連続する。
それを歴史の皮肉と見ることもできますが、むしろ、本来アジアには、国境を超えて深くつながる広域な文化交流が続いてきたのだと捉えることで、アジアの美術史に対する新たな視点が見えてくるのではないかとも思います。

年が明けて2015年は、戦後70年、被爆70年という節目の年。
《原爆の図》の周辺をあらためて見つめ直すために、黒田さんの一冊は重要な示唆を与えてくれるような気がします。

仕事納めの12月28日は、美術館の大掃除でした。たくさんのボランティアの方がお手伝いに来て下さり、そのまま、近くの小料理屋で忘年会を行いました。
その忘年会の最後に、地元ボランティアで現代美術の造詣が深いHさんから頂いた言葉が、とても嬉しく、心に沁みるものでした。

「丸木美術館の学芸員は、研究だけに専念できる環境ではないから、岡村さんは不満なのではないかと思っていた。でも、近くで見ているうちに、この美術館での学芸の仕事が、美術の概念を広げたり、ずらしたり、つくりあげたりするという意味を持っているのだとわかってきた。ここで起きていることは、他の場所にはない、新しい歴史そのもの。それは、60年代の“反芸術”に近いものかもしれない。こういう刺激的な現場があると知ったこと、仕事をリタイヤした後で、そんな場所に関われるということが、今はとても楽しい」

本年もまた、多くの方にたいへんお世話になりながら、たくさんの刺激的な体験をすることができました。
来年も、素晴らしい一年が待っていることと思います。
どうぞ皆さま、よろしくお願いいたします。
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