2014/12/13

NHKニュース「おはよう日本」にアーサー・ビナード紙芝居紹介  TV・ラジオ放送

2014年12月13日午前7時台のNHK総合テレビのニュース番組「おはよう日本」で、《原爆の図》をもとにした紙芝居を制作中のアーサー・ビナードさんが紹介されました。

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写真は、11月2日に丸木美術館で紙芝居公演を行ったアーサー・ビナードさん。

以下に、放映された内容を書き起こします。

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―原爆の図 第8部《救出》クローズアップ―

近田雄一アナウンサー こちらは、原爆の悲惨さを描いた絵、《原爆の図》。ご覧になった方もいらっしゃると思います。今、この絵を使って、紙芝居を作っているアメリカ人の男性がいます。

―スタジオ― テロップ“原爆の悲惨さ アメリカで伝えたい”

和久田麻由子アナウンサー 原爆投下から70年となる来年、アメリカで原爆の悲惨さを伝えようとしています。その制作の現場を訪ねました。

―丸木美術館内の階段をのぼり、《原爆の図》の前へ向かうアーサーさん―

ナレーション(藤原和樹記者) アメリカ人の詩人、アーサー・ビナードさん。日本語で詩を書き、中原中也賞など、数々の賞を受賞してきました。

―《原爆の図》を撮影する岡倉禎志さんとアーサーさん―

ナレーション この日、紙芝居で使う絵を撮影するため、美術館を訪れました。

―原爆の図 第2部《火》― テロップ“「原爆の図」作 故丸木位里・丸木俊”

ナレーション 被爆の惨状が描かれた大作、《原爆の図》。被爆直後の広島で救護活動を行った、丸木位里、俊夫妻によって描かれました。巨大な15枚の絵で、原爆の悲惨さや、その後の人びとの姿を伝えています。

―展示室全景―

ナレーション 知り合いに連れられ、偶然この絵を見たアーサーさんは、ひと目で惹きつけられました。

―原爆の図 第1部《幽霊》、第8部《救出》などの部分映像―

ナレーション この絵に物語をつければ、アメリカ人にも伝わると考えたのです。

―出版社の一室で紙芝居の構想を練るアーサーさん―

アーサー 衝撃は終わらない。100回見ているけど、毎回毎回新しい発見がある。「原爆の図」がアメリカの人びとを巻き込んで、アメリカの人びとをこの体験に引き込むことは間違いない。

―10歳のころのアーサーさんの写真―

ナレーション 被爆の実態を伝えたいというアーサーさん。アメリカの学校では、原爆がたくさんの兵士を救ったと教えられました。

―初めて日本を訪れたときのアーサーさんの写真―

ナレーション 転機となったのは、大学卒業後、日本語に関心を持つようになって訪れた広島。そこではじめて、原爆をあらわす「ピカ」という言葉と出会いました。

アーサー あの言葉には広島の体験者の立ち位置が組み込まれているんですね。ピカって言った瞬間に、上から見るんじゃなくて、下から上空を見るんだね。どこから見るかによって、見方も感じ方も考え方も変わるっていうことを、そのときに実感して……

―原爆の図丸木美術館の外観―

ナレーション 制作をはじめて3年。美術館の一室で、原爆の図をよく知る人に試作品を見てもらうことにしました。

―紙芝居の一場面(撮影岡倉禎志)―

ナレーション 紙芝居を演じるアーサー あの日、私たちはみんな広島にいた。新しい一日がはじまったそのとき、いきなり、空が光った。ピカッという光。私たちの肌は、じゅうっと焼かれた。

―大勢の観客の前で、紙芝居を演じるアーサーさん―

ナレーション アーサーさんは専門用語をちりばめながら、その恐ろしさをつたえようとしました。

アーサー アメリカの軍隊が広島で使ったウランは、新しい殺し方だった。割れた原子のかけらには、名前がついている。セシウムとか、ストロンチウムとか……

ナレーション 会場からは、思いもよらぬ意見が出されました。

観客の声 よく分からないんです。何枚もあったんですよ。よくわからないのが。

ナレーション 原爆がどのように人の体をむしばんでいったのか、リアリティが感じられないというのです。

―広島中区 先月下旬―

ナレーション 先月、アーサーさんは広島に向かいました。被爆の本当の苦しみとは何だったのか。被爆者に直接訪ねることにしたのです。

―食料品店を訪ねるアーサーさん―

ナレーション 食料品店で働く、松本暁子さんです。1歳10か月のとき、母と一緒に被爆しました。

―松本さんに紙芝居を見せるアーサーさん―

ナレーション 放射能がどのように体をむしばんでいったのか。アーサーさんの問いに、松本さんは、母親から聞いた話を語りはじめました。

松本 私がまだお乳を飲んでいたから、一番に症状が出るわけ。母が出るわけ。血便が出る、歯茎から血が出て、頭の髪の毛が抜けたって、今でこそ原爆症と分かるんだけど、あのころは分からないから。

―松本さんと語り合うアーサーさん―

ナレーション 今も定期的に血液に異常がないか検査しているという松本さん。被爆から69年がたっても、放射能の不安が消えない現実に気づかされました。

―出版社の一室で紙芝居を見つめるアーサーさん―

ナレーション 松本さんと会ってから1週間後。目に見えない放射能を伝える言葉を、探し続けていました。そして、ひとつの文章にたどり着きました。

アーサー 細胞をずたずたに切られたら、花だって生きられない。

―今月 広島市西区―

ナレーション 果たして被爆者の視点から見た物語になっているのか。できた紙芝居を手に、広島市内の保育園を訪れました。

―保育園を訪れ、子どもたちの前で紙芝居を開くアーサーさん―

ナレーション 原爆をほとんど知らない子どもたちの前で、思いが伝わるか見極めたいと考えたのです。

アーサー はだがめくれる。はだがはがれる。私たちは、手を前にだらりと出すしかない。

ナレーション 松本さんの話を聞いて、修正した場面。放射能が、時を越えて体をむしばんでいく様子を伝えました。

アーサー おっかない放射能が、じわりじわり入ってくるんだ。体は、新しい細胞が、もう作れなくなって、ワンワンと吠える力も見つからない。細胞をずたずたに切られたら、花だって生きられない。

―アーサーさんを囲み、第1部《幽霊》の場面を指さす子どもたち―

子どもたち 怖かった。これが一番怖かった。

ナレーション 子どもたちの反応に、手ごたえを感じたアーサーさん。制作を通して、被爆者と向き合ったことの成果でした。

アーサー ピカを教えてくれた人たちと一緒に立って、語り部としてぼくの役割を果たさなきゃいけないなと……

ナレーション 今後も、被爆の実態を伝えるために、表現に工夫を重ねて、来年、アメリカで披露することにしています。

―再びスタジオ―

近田アナウンサー アーサーさんは、アメリカだけではなく、日本語版の紙芝居を来年春までに完成させて、日本国内、全国各地で披露していきたいと言っています。

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2014/12/25  16:16

投稿者:okamura

原澤さま
コメントありがとうございます。「X年後」上映会にいらして下さったのですね。
伊東監督と長島さんのお話し、よかったですね。

2014/12/19  21:09

投稿者:原澤伸江

NHKのこの放送を聴き、貴ブログを知り、フェイスブックに紹介させていただきました。今日、ブログを再訪したら、あの日の放送内容が文字になっていて、感激しました。先月、「X年後」上映会、伊東監督と長島楓さんの対談の日、美術館におじゃましました。


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