2014/9/20

【韓国出張A】第8回国際平和博物館会議2日目  調査・旅行・出張

韓国・ノグンリ平和公園で開催されている第8回国際平和博物館会議の2日目。
この日も朝から平和公園に移動し、会議ホールで、まずポスターセッションです。

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沖縄の瀬長亀次郎の活動を紹介する不屈館や、高麗博物館アウシュビッツ平和博物館山梨平和ミュージアム女たちの戦争と平和資料館など、さまざまな施設とともに、丸木美術館もブースを借りて、ポスターや配布物のコーナーを設けました。

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ポスターセッションのあいだ、K理事長夫妻や私だけでなく、インドネシアの女子学生が、途中から丸木美術館のブースの前に立って、前を通りかかる人に熱心にチラシを配ったり、私が話した内容を覚えてしまって、丁寧に説明したりしてくれました。

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聞けば、子どもの頃に学校で原爆の話を聞いて、強烈な衝撃を受けたのだそうです。
おとなしそうな彼女のささやかな協力には、心が温かくなりました。

   *   *   *

11時からは分科会がはじまりました。
最初の分科会は、平和教育をテーマにしたセッションに参加しました。
川崎市平和館の暉峻僚三さんと立命館大学国際平和ミュージアムの兼清順子さん、そしてガリラヤ研究所・中東宗教研究センター長のショーシ・ノーマンさんの発表です。

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川崎市平和館は、従来の主催者側が情報を提供して利用者に伝えるという一方通行的な展示から脱却して、主催者と利用者をボーダレス化してともに平和を考える新しい双方型の試みを行っているという興味深い施設です。

日本の平和博物館をけん引してきた立命館大学国際平和ミュージアムは、2010年代に入ってからの課題と取り組みについての紹介で、学生の参画機会の増加など、世代を超えての平和継承に向けての試みや、3.11以後の新たな視点の企画の報告でした。

そして、ショーシ・ノーマンさんの報告は、現在も紛争の続くイスラエルにおける、ユダヤ人(イスラエル)とムスリム(パレスチナ)という異なる背景を持つ芸術家による、互いの抱える伝統や歴史・物語を作品として表現するという興味深いアート・プロジェクトでした。
「どんな国もどちらの歴史が正しいかを特定することなく他方の物語を受け入れることが可能であることを示すもので、こうした連携が他の紛争中の社会においても和解につながることを信じている」とノーマンさんは語ります。

もちろん、そうした試みが今すぐに社会を変える力を持っているかと言われると、簡単な話ではないと思いますが、小さな石を積み重ねるように、両者の和解を目指す活動をしている人たちがいるということは励みになります。
本来、文化の力とは、そういうものなのかもしれません。
文化的活動によって歴史を記憶し、和解を促進するという試みは、今回の国際会議で、その後たびたび耳にすることになりました。

   *   *   *

昼食をはさんで午後からの分科会では、いよいよ丸木美術館の発表です。
はじめに韓国の若いミュージアム・エデュケーターのパク・イェスルさんが、韓国における北朝鮮難民との対話や相互理解を促すアート・プロジェクトの試みについて報告しました。
興味深かったのは、このプロジェクトが、社会学、歴史学、芸術療法、博物館教育といった多様な分野の専門家によって進められているという点で、先のイスラエルおける取り組みを、さらに進化させた試みという印象を受けました。

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続いては、丸木美術館の発表。
すでに会場には原爆の図アメリカ展や丸木美術館の活動についてのチラシを配布しており、最初に小寺理事長がアメリカ展の取り組みや実現に向けてのお願いを呼びかけました。
その後、岡村がスライドを交えて、丸木夫妻の《原爆の図》制作の経緯から、最初のアメリカ展で加害と被害の交錯する戦争の問題に行き着いたこと、日本において朝鮮人被爆者の問題が表面化する時代に呼応するように、丸木夫妻も石牟礼道子さんの文章に触発されて原爆の図に《からす》という朝鮮人被爆者を主題にした作品を描いたことを紹介しました。

最後の発表者は、WAM(女たちの戦争と平和資料館)の池田恵理子さん。
台頭する歴史修正主義に対峙し、「慰安婦」問題をいかに伝えていくかという取り組みについての切実な現状報告でした。

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発表後の討論では、まず、パクさんから、芸術表現は和解や相互理解をもたらす力になり得るか、という質問が私に発せられました。
「それはわからない。直接的な力にはなり得ないかもしれないが、歴史からこぼれ落ちる個人の記憶として保存し、あるいは現状を考えるきっかけにはなると思う」と答えましたが、後から思えば、彼女なりに韓国内でのプロジェクトについて苦悩があったのではないかとも感じられました。その思いに沿った答えになったかどうかはわかりません。
もっとも、安易に「yes」とは言えない難しい問いではあったのですが……。

彼女からは、「この国際会議がはじまるまで、私は、日本人がみんな「慰安婦」を否定しているのだと思っていました。でも、そうではない人たちがいることを知りました」という、複雑な思いにさせられる発言もありました。
今回の会議で感じたのは、国際社会における「慰安婦」問題は、単に日韓のあいだの歴史観の論争では決してなく、ボスニアやウガンダ、コンゴなど性暴力が武器のように使われている状況につながる今日的な人権問題として捉えられているということでした。
日本で多数派を占めているように感じられる政治家やメディアの主観的な意見は、国内でしか通用しないもので、世界の客観的な―被害者の側から見た人権問題という―視点からは、見当違いの、焦点のずれた論理と受け止められるのだろうと思います。

そして討論の最後に、緊張を高める東アジア情勢において、平和博物館とは異なる視点からの文化的アプローチとして、「アジアをつなぐ 境界を生きる女たち」展「東京・ソウル・台北・長春 官展にみるそれぞれの近代美術」展など、アジアの歴史を俯瞰し、相互理解を深める展覧会が増えていることを希望的に紹介できたことは、とても良かったと思いました。

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写真は、発表後、K理事長が撮影して下さったパクさんとの記念写真です。

   *   *   *

さらに、この日3度目の分科会では、アメリカのシュウ・ゼンさんの「ピースメーカーを褒めたたえよう」、東海学園大学の浅川和也さんの「アンネ・フランクパネル巡回展」といった報告や、ゲルニカ平和博物館のイドイア・オルベ・ナルバイザさんによる活動報告を聞きました。

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シュウ・ゼンさんは、人類史的な視野で宗教、哲学、政治、芸術、人権、教育など多様な分野で社会の不正に立ち向かい、平和を求めて活動した人物を「ピースメーカー」として位置づけ、老子やイエス・キリストから、ガンディ、キング牧師、マザー・テレサ、ネルソン・マンデラまで、さまざまな人物を紹介する発表でした。
意外だったのは、その中に、イギリスのグラフィティ・アーティストであるバンクシーも入っていたこと。時に行動が反社会的であっても、その精神の奥底に平和が感じられれば、それは「ピースメーカー」だというのがシュウ・ゼンさんの視点で、発表を聴きながら、ちょっと興奮しました(後の休憩時間に、シュウ・ゼンさんとは、バンクシーの話題で意気投合しました)。

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夕食の後は、地元の永同郡の若者たちのアマチュア・バンドやオカリナ演奏、高校教師の声楽、軍人の詩の朗読など、心温まる歓迎の催しが行われました。

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最後を飾った出し物は、地元の駅長によるサックス演奏。
駅長さんが出演するなんて、ちょっと日本では考えられないような……けれども少し前までの地方の町では、こういう雰囲気が残っていたのではないかとも思えるような。

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軽快に演奏されるポール・アンカの「ダイアナ」を聴きながら、何とも不思議な、心地よい気分を味わったのでした。

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今回の国際会議にいっしょに参加した山梨県のHさんが、「いつも思うのだけど、個人のレベルでは本当に仲良くできるのに、どうして国家の問題になると難しくなってしまうのでしょうね……」とつぶやいていたことが、心に残る夜でした。
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