2014/4/15

島田澄也さん聞き取り調査  調査・旅行・出張

午後、豊島区のTさんといっしょに、都内にお住まいの画家・島田澄也さんのお宅に、聞き取り調査に伺いました。

島田澄也さんは1927年8月、東京都豊島区長崎町生まれ。
若い頃に、長崎町のアトリエ村で早朝デッサン会をしていた丸木夫妻のもとに通い、絵の勉強をされていたのです。
1950年代に前衛美術会の会員として小河内村の山村工作隊に参加し、『週刊小河内』というガリ版冊子を発行するなどの活動をしていたことが美術史的には知られていますが、島田工房や株式会社サンクアールを設立し、円谷プロの怪獣造形や国立民族博物館の立体模型を制作するなど、その後の人生もたいへん興味深い方です。

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お宅に伺うと、木の枝に「島田」という表札が。とてもシンプルでいい感じです。
87歳になられている島田さんはたいへんお元気で、ご家族の方のご協力も頂きながら、私たちの聞き取りに応えてくださいました。

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アトリエには、20年ほど前に島田さんが会社を辞められてから、自身の少年時代や戦後の活動を記憶をもとに描きはじめた大量の油彩画の小品が、きれいに分類されて保管されていました。
その一点一点が、非常に興味深く見応えがありました。

それらの作品の一部は島田さんのHPで公開され、電子ブックにもなっています。
http://www.shimadasumiya.jp/index.htm

その中には、丸木夫妻のデッサン会を描いた油彩画も公開されていました。
http://www.shimadasumiya.jp/Gallery/A_Maruki.jpg
(↑クリックしてご覧ください)
画面右から丸木位里、島田さん、赤松俊子(丸木俊)、北添寛子、そしてモデルになっているのは、後に絵本画家として活躍する、いわさきちひろだそうです。
モデルを雇うお金がなくて、参加者が順番に裸になってモデルを務めたというデッサン会の様子が、とてもよくわかります。

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丸木夫妻との交流の深さを示すように、島田さんは丸木スマの色紙も数多くお持ちになっていました。
その他にも、山下菊二や桂川寛、勅使河原宏、尾藤豊といった画家たちとの交流も深かったようで、今後継続して作品も含めた調査をしていきたいと思っています。
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