2014/3/28

川越市立美術館「大きいゴジラ小さいゴジラ展」  他館企画など

午前中、川越市立美術館で開催中の「大きいゴジラ小さいゴジラ展」(3月30日まで)というユニークな企画を見てきました。

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この企画は、画家の長沢秀之さんが、武蔵野美術大学の学生や、川越市立第一小学校の子どもたちとともに作り上げた、絵画や立体造形、アニメーションなどの「大きいゴジラ」と「小さいゴジラ」で会場を埋め尽くすという、(良い意味で)手作り感にあふれた内容です。

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1954年の第五福竜丸被ばく事件を受けて制作された映画『ゴジラ』を「大きいゴジラ」、2011年3月11日の東日本大震災で生まれた無数のゴジラを「小さいゴジラ」と位置付けることで、そこから見えてくる私たちの「今」や「未来」がどのようなものになるかを考えるという趣旨の展覧会。

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1954年からはじまる、ゴジラや核被害の歴史などを中心に記した年譜の周囲には、小学生の描いたそれぞれの「小さいゴジラ」がならびます。
ゴジラを知らない世代による、それぞれの自画像のような、自由な意味を持つゴジラたち。

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同じ空間には、長沢秀之さんによる《ゴジラと黄色い点》などの絵画作品も並んでいます。
学生たちの手によるアニメーションや立体造形の作品も見応えがあります。

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そして、こうした作品のあいだに、たとえば次のような言葉が抜き出して提示され、ある視点を示唆しているのです。

ゴジラは「戦災映画」「戦禍映画」である以上に、第二次世界大戦で死んでいった死者、とりわけ海で死んでいった兵士たちの「鎮魂歌」ではないかと思いあたる。
“海へ消えていった”ゴジラは、戦没兵士たちの象徴ではないか。

  ――川本三郎著「今ひとたびの戦後映画史」岩波書店所収の“ゴジラはなぜ「暗い」のか”から

製作が決定した時、田中プロデューサー、円谷さん、それに小生の三人が申し合わせた事は、決して荒唐無稽の怪獣映画という照れを持たずに原爆の驚怖に対する憎しみと驚きの目で造って行こうという事であった。
  ――本多猪四郎「ゴジラ」の映画監督の言葉「円谷英二 日本映画界に残した遺産」円谷一著、2001年復刻版(小学館)から

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ビキニ事件、そしてゴジラ誕生から60年という節目の年に、どのようにゴジラの問題意識を可視化できるか、そして今日的な意味を持たせることができるか、というのは、個人的にもずっと考え続けていたのですが、こうした試みがすでに行われてたことは、とても新鮮な驚きでした。

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長沢さんは、この展覧会に向けた『大きいゴジラ、小さいゴジラ』という文章の最後に、次のように記されています。

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 このゴジラの展示は何かのメッセージを伝えようとするものではありません。それは現状の問題に対してその処方箋を提出するものではなく、もっと別の想像力とともに別の次元を夢見るものです。別の次元とは可能的現実と置き換えてもかまいません。
 無数の小さいゴジラと大きなゴジラを展示することで、わたしたちは“いま”を見、“いま”を確認したかったのです。現実(リアル)を確認するとともにつくるリアル、生きるリアルを体験したいと思っています。

 そして「ゴジラ」とは架空のお話ではありません。それはわたしたちが直面している現実の物語です。


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小さな企画展ではありましたが、思いのほか深く考えさせられる展示でした。
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