2014/1/25

鞆の津ミュージアム「山下陽光のアトム書房」展  他館企画など

早朝の飛行機で広島へ飛び、福山市の鞆の浦にある鞆の津ミュージアムに行ってきました。

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現在開催中の企画展は、「山下陽光のアトム書房調査とミョウガの空き箱がiPhoneケースになる展覧会」

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鞆の津ミュージアムを訪れたのは初めてでしたが、アウトサイダーアートを基軸にしながら、マイノリティの表現の紹介を目ざすという視点のはっきりした美術館です。

この美術館で山下陽光くんの展覧会が企画されたのは、高円寺を中心にこれまで彼が展開してきた「素人の乱」「トリオフォー」「途中でやめる」「原発やめろデモ!!!!!」(どれも面白いのでネットで検索してください)などの活動が、社会の主流から逸脱することで、いまの時代に本質的な疑念を突きつけているからなのでしょう。

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いわゆる美術館的な整えられた内容ではなく、手作り感あふれる展示スタイルで、彼の活動が時系列に沿って紹介され、今展のメイン展示となる「アトム書房調査」につながっていくという流れ。
展覧会のタイトルになっている「ミョウガの空き箱がiPhoneケースになる」という言葉の意味は、本当にそのまま文字通り、ミョウガの空き箱がiPhoneケースにぴったりだ!という驚きの発見として展示されていました。

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「アトム書房」は、原爆投下後に原爆ドーム近くの焼け跡に出現した書店。
看板には「Bookseller Atom」と記されており、つまり、米兵を相手に「アトム(=原爆)」という名で商売をしていたというわけです。店内では、被爆した瓦やガラス瓶などを売っていたとか。

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山下くんは、「アトム書房」を営む杉本豊の足取りを独自の調査でたどりながら、戦前のダダイスト画家・山路商とアトム書房がつながっているのではないか、という仮説を立てます。
山路商は、戦時中に治安維持法容疑で逮捕され、原爆投下前年の1944年に死亡しているのですが、比治山の下で画材屋を営んでいたという彼のもとには、後に《原爆の図》を描いたことで知られる丸木位里や船田玉樹、靉光、末川凡夫人といった前衛画家たちが集まっていました。
そんな自由で破天荒な雰囲気を持つ表現者たちが「タムロ」している様子を、山下くんは「まるで素人の乱のようだ」と考えて親近感を抱いていくのです。

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山下くんの調査は必ずしも学術的なものではなく、むしろ、人から人へとつながりながら、関係者にたどり着くという突撃取材の産物。
その高揚感が、手作り感あふれる展示の行間から伝わってきます。

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当初は、アトム書房の活動を「原爆投下に対する抵抗の表現」と考えていたという山下くんですが、調査を進めていくうちに、原爆投下そのものを商品化してしまう図太くたくましい「ゲスさ」にその本質を見出すようになります。

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会場に掲示された原爆投下前の古地図には、アトム書房があった場所も示されていました。
市電が走っていた相生通りに面していたのですね。

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実は、調査の過程で私にも人づてに連絡があり、山下くんがとりわけ強い関心を寄せている画家・末川凡夫人についての資料を提供させて頂きました。
丸木美術館の所蔵品の中には、末川凡夫人が戦前に水墨画を描いていた色紙帖が所蔵されており、丸木スマの描いた《凡夫人とスケッチ》という絵画もあるのです(位里は凡夫人と親しく、二人で東海道を旅した絵日記を1935年の『藝備日日新聞』に連載していました)。
今回の展覧会で「作品を貸してほしい」と言われたら、ぜひ協力したいと思っていたのですが、残念ながら借用の依頼はありませんでした。

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美術館の土間には、凡夫人の抽象画が数点展示されていました。
凡夫人の作品はめったに目にする機会がなく、私も油彩画を実際に観たのは初めてでした。

丸木位里や靉光、船田玉樹、山路商らの作品は、もちろん、広島県立美術館や広島市現代美術館で観たことがあります。
今回の企画では、そうした一定の評価を得ている作家の作品は、あえて展示しなかったようです。

展示を観て回りながら、どうやら今回重要だったのは、山下くんが自分の足で動いたことで、人から人へつながって発見されていった調査結果であり、作品であったのだということが、わかってきました。
猿楽町でアトム書房に隣接していた「山本兄弟洋家具店」の家具も、山下くんによって発見され、展示物のひとつとして会場にならんでいました。

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こうした「アトム書房」の調査を通して、山下くんは、広島の街が「平和都市」として整備されていくなかで記憶から失われていったひとつの歴史を掘り起こしただけでなく、「3.11」後の現在を生きる道標を発見したようです。
彼が「ゲスさ」と呼んでいる、逆境を笑い飛ばすように生きる糧にする反逆精神。
それは、ミョウガの空き箱が、一見、まったく関係ないと思われるiPhoneのケースとしてぴったり機能するように、戦後の広島だけでなく、「3.11」後のさまざまな意味で絶望的な時代を生きる私たちにとっても、重要なエネルギー源として見えてくるような気がします。

   *   *   *

ちなみに鞆の浦は、江戸時代の小さな漁港の雰囲気が今も残る静かな港町。

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この町の片隅で、ひっそりと、他のどの美術館も企画しないような独自の視点を持つ展覧会に挑んでいることに、個人的には大きな感銘を受けました。

週末にもかかわらず、この日の午前中、鞆の津ミュージアムに見学に来ていたのは、私と美術評論家の福住廉さん(偶然!)の二人だけ。
観客数や採算を気にしなければならない昨今の多くの美術館では、決してできない企画です。
それでも、やるべきだと思う企画をちゃんとやっていくんだという強い意志を持つこの小さな美術館に、心から敬意を表します。
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2014/1/31  10:52

投稿者:okamura

岡本さま
ご教示ありがとうございます。
伝聞だったので、私の理解が誤っていたようですね。
記事のニュアンスを、少し訂正いたしました。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2014/1/30  23:13

投稿者:岡本芳枝

末川作品はギャラリーヨコタさんから借り受けました(^^) 調査のために、櫛野君を同行して引き当てた! いろいろありますねー。本当にお世話になりました。


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