2013/9/22

コシチェルニャック展・野村路子さん講演  特別企画

丸木美術館2階アートスペースにて、9月21日から10月20日まで特別展示「ミェチスワフ・コシチェルニャック展」が開催されています。

ナチスによってアウシュヴィッツ強制収容所に連行された画家コシチェルニャックの絵画展です。

クリックすると元のサイズで表示します

コシチェルニャックは1912年、ポーランドに生まれました。
クラクフの美術アカデミーを卒業後、絵画制作に励んでいましたが、1939年にナチス・ドイツがポーランドに侵攻すると、ポーランド防衛軍に参加。やがて戦傷で故郷に戻り、反ナチスの抵抗運動に身を投じました。
しかし、1941年2月、ドイツ兵がポーランド人を殺害する場面を描いていた絵が見つかって、できたばかりのアウシュヴィッツ収容所へ送られたのです。

アウシュヴィッツでは、偶然、ナチスの幹部に絵の才能を認められ、美術工房でドイツ軍に命じられるポスターなどを描くことになりました。
そこで幹部たちの肖像を描かされながら、密かに収容所の実態を描き、仲間の協力で、外部の地下組織に流していたそうです。

クリックすると元のサイズで表示します

たとえば、一見、美しく描かれたコンサートの風景。
演奏する人の顔は、ナチスへの抵抗運動をしていた指導者になっています。
つまり、彼らがまだ収容所内で生きていることを、外部の人間に伝えていたのです。

そのころ、彼と交友を深めていたマクシミリアノ・コルベ神父は、他人の身代わりとなって餓死室で生涯を終えました。
コシチェルニャックは、コルベ神父に「あなたは生きて人びとに収容所のできごとを伝えなさい」と言われたことを忘れず、解放後もアウシュビッツの絵を描き続けます。

クリックすると元のサイズで表示します

アウシュヴィッツ収容所跡に国立博物館が開設されると、初代館長に迎えられましたが、「精神的負担が大きい」とのことで間もなく辞任したそうです。
今回、丸木美術館で展示された絵画は、1995年に『写真記録 アウシュヴィッツ』(ほるぷ出版)の構成・編集に携わった野村路子さんが、コシチェルニャック夫人のウルシュラさんとの文通を重ねるなかで、「夫の遺志」として夫人から譲り受けたものです。

クリックすると元のサイズで表示します

この日は午後2時から、コシチェルニャックの絵の前で、野村路子さんの講演会が行われました。

クリックすると元のサイズで表示します

狭いアートスペースは、50人ほどの参加者で満員状態。
野村さんは、今から20年ほど前に、アウシュヴィッツの生存者を連れて丸木美術館を訪れたときのお話などを交えながら、アウシュヴィッツの実態、そしてコシチェルニャックの生涯について、詳しく語って下さいました。
5




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ