2013/9/4

テレビマンユニオン今野勉さんギャラリートーク  企画展

午後2時より、テレビマンユニオン取締役・最高顧問の今野勉さんをお迎えして、正木基さんとともに「炭坑展」ギャラリートークが行われました。

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日本で最初の独立製作プロダクションであるテレビマンユニオンの立ち上げに参加された今野さんは、夕張の登川炭鉱で少年時代を過ごされたそうです。
実は、正木さんが以前に目黒区美術館で企画された「‘文化’資源としての〈炭鉱〉」展の際に行われた「夜の美術館大学」という講義のなかで、今野さんは、非常に印象的な問題提起をされていました。

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1960年私が大学を卒業してTBSに入った翌年、土門拳さんが『筑豊の子どもたち』という写真集を出版されます。これは各方面に衝撃を与え、私も衝撃を受けました。
ただ、私が受けた衝撃というのは皆さんのとはまったく違っていました。うちは5人兄弟で私は長男だったのですが、次男坊の弟が何かの付録で当たった小さいカメラで三男坊と四男坊がじゃれ合っている姿を写真に撮って、東京にいる私に送ってくれました。長屋を背景にふたりが楽しそうに笑っていました。「ああ、みんな幸せそうにしているな」と私は思いました。ただ、驚いたことに『筑豊の子どもたち』を見てみると、全く同じような写真がのっていました。そしてそこでは「こんなにも貧しいのに明るい子どもたち」というような見せ方がされていました。「貧しい」ということが前提とされていました。たしかに長屋を背景にボロボロな服を着ているのですが、私は炭鉱にいる間に「自分が貧しい」なんて一度も感じたことはありませんでした。なぜなら私だけでなく炭鉱に住んでいる者はみんな貧しかったからで、格差はありませんでした。あと、炭鉱では家が保証されていて、光熱費も無料で、病院も無料だったので物乞いや生活保護の人がいませんでした。炭鉱は貧しさを感じさせないような世界なんです。ただ、弟の写真を土門拳さんの写真とちがうと私が感じられたのは、自分の弟が撮ったものであり、写っているのも自分の弟たちだったからかもしれません。それはきわめて主観的な見方であり、弟の撮った写真を他の人が見たら「貧しいけれどがんばっている」としか見られないかもしれない」そう思いました。そして私は「リアリズムには限界がある」、逆に言うと、写真では意識というものは簡単には写し出せないと思いました。リアリズムへの不信をもちました。「リアリズムがだめならば、じゃあどうすればいいのか」と言われるとよくわからないので、私は何も言わずに沈黙していましたが・・・。それで、炭鉱のドキュメンタリーやドラマを作ることが、私にはできなくなりました。その後、自分が生まれ育った場所を題材にする場合にどのような方法論をとるべきかをずっと考えて、ただ一度だけ炭鉱をテーマにドキュメンタリーを作りました。

(『‘文化’資源としての〈炭鉱〉展 「夜の美術館大学」・講義録』より、2012年3月25日、目黒区美術館発行)

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今回のギャラリートークで今野さんが最初にお話をされたのは、そのドキュメンタリー番組「地の底への精霊歌」のなかでも取り上げた山本作兵衛のキツネの絵のことでした。
残念ながら今回の出品作の中には、炭坑に伝わっていたというキツネの伝承を描いたものはないのですが、事故で大火傷を負った坑夫の家にキツネたちが人に化けてあらわれ、好物のかさぶたを食べて死なせてしまうという物語です。

今野さんは、炭鉱を拓くためにたくさんのキツネを殺したという贖罪の意識が筑豊にあり、稲荷神社もたくさんあって、そうした共同幻想ともいうべき物語が語り継がれていったのではないかと読み解きます。

その後も、炭鉱独特の「友子」制度という徒弟組織についての話や、非常に興味深い話が続いていったのですが、残念ながら他の仕事の都合でゆっくりお聴きできなかったのが残念でした。

さて、「炭坑展」も残すところあとわずか。
最終日の9月8日(日)には、午後2時からベルギーの炭鉱研究者トム・アレンツ氏をお招きして、最後のギャラリートークが行われます。
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