2013/6/1

「池袋モンパルナスの記憶」高山登さんとの対談  講演・発表

現在、池袋の東京芸術劇場5階ギャラリー2で開催中の「池袋モンパルナス―歯ぎしりのユートピア」展(6月5日まで)。

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その関連企画として、午後1時より、映画『水俣の図・物語』(監督=土本典昭、1981年、111分)の上映と、「池袋モンパルナスの記憶」と題するトークが行われました。
出演は、造形作家・東京藝術大学名誉教授の高山登さんと、岡村です。

「池袋モンパルナス」と呼ばれるアトリエ村で生まれ育った高山登さんは、お母様が丸木俊と女子美術専門学校(現女子美術大学)の同級生。昨年3月には、近現代史研究者の小沢節子さんとともに、高山さんを訪ね、詳しい聞き取り調査も行いました。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1830.html

今回のトークは、そのときの内容をベースにしながら、私が聞き手役として、高山さんのお話を伺う、というものでした。
近年、渋谷や世田谷など、各地の芸術家村/アーティストコロニ―の歴史が発掘・再評価される企画が目につきます。それらの歴史にも興味を惹かれつつ、けれども、やはり「池袋モンパルナス」が面白いと思うのは、当時の日本の辺境……北海道や沖縄、朝鮮半島なども含めたさまざまな地域からたどりついた、多様な背景を持つ若者たちが集まる場所であったということで、そのため、東京に対する憧れと同時に、東京的なものに対する抵抗の精神が複雑に交錯する雰囲気が形成されていたように思います。
そして、学生時代に(富山妙子さんの紹介状を持って!)北海道の炭鉱をめぐったことを機に、線路の枕木を近代社会の“人柱”として作品化し続ける高山さんの仕事も、そうした複雑な場所で育ったことと関わりがあるのではないか、という気がしてなりません。

トークのなかでは、そのあたりの話を少し深めていきたいと思っていたのですが、限られた時間ということもあり、後になって振り返ると、「もっとこうすればよかった」という個人的な細かい反省点もいろいろあり。
結局、イベントの後、高山さんがお帰りになる新幹線の時間まで、高山さんの教え子のNさんや、豊島区のS学芸員たちと池袋駅近くの居酒屋でごいっしょしていたのですが、「池袋モンパルナス」の話は、やはりこうした雑多な雰囲気のなかで話すのが一番面白い……とつくづく感じたのでした。

お酒を飲みながらも丸木美術館の行く末を心底気にして下さっていた高山さん、丁寧な心配りで企画を進めて下さったS学芸員、そしてトークの会場にお運び下さった大勢の皆さまに、心から御礼を申し上げます。
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