2012/12/18

【沖縄出張2日目】「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち」展など  調査・旅行・出張

午前中、ホテルで『丸木美術館ニュース』第112号の入稿を済ませた後、昼から沖縄県立博物館・美術館へ行き、沖縄在住の画家・宮良瑛子さんにお会いしました。

宮良さんは1935年福岡県生まれ。武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)を卒業後、日本美術会会員となり、日本アンデパンダン展などに出品されていましたが、71年に夫の郷里である沖縄に移住。以後、沖縄女流美術家協会や反核沖縄平和美術展の設立・発展に大きく貢献しながら、制作活動を続けて来られた画家です。

まずは宮良さんが出品されている小企画「ART IS MY LIFE 沖縄の女性アーティスト」展を、宮良さんに案内して頂きながら鑑賞しました。
沖縄の女性アーティストの第1世代である久場とよ、山元文子から、1970年代生まれの若手作家まで13名の作品33点によって構成された展覧会は、沖縄女性美術の歴史にしっかりと目くばりしながら、最近の表現の動向も抑えているという内容で、決して沖縄のアートシーンに明るくない私にとっても、非常に興味深いものでした。

そのなかで、沖縄の作家のほとんどは触れることができないという沖縄戦を主題にした作品を作り続けてきた宮良さんの仕事の意味というものが、あらためて見えてきたような気がしました。
とりわけ227.3×181.8cmの大画面に、戦争の痛みを抱えた女性を中心に人間群像を描いた《レクイエム沖縄》は、忘れがたい印象を残す作品です。

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展覧会を観た後は、4年前に「美術家たちの南洋群島」展でお世話になったT学芸員と合流し、宮良さんと三人で学芸室でさまざまな話をしました。

丸木夫妻と何度もお会いしたことがあるという宮良さんの思い出話や、沖縄の女性アーティストの連携・育成に大きな役割を果たしている「沖縄女流美術家協会」を事実上立ち上げ、育ててきた彼女の貢献、戦争をはじめ社会的主題を沖縄で描き続けてきたことの意味、などなど。
それは、まるで沖縄の戦後美術史・社会史の一端に立ち会っているかのような、とても貴重な時間でした。

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宮良さんのお話をたっぷりうかがった後は、現在開催中の企画展「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち 1984-2012」を観ました。

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栃木県立美術館のKさんが長年にわたって行ってこられた研究調査の集大成ともいうべき内容で、すでに福岡アジア美術館での開催を終え、沖縄を経て年明けから栃木県立美術館、三重県立美術館へと巡回していく、日本で初めてのアジアの女性アーティストだけをとりあげた大規模な展覧会です。

大きな手織りの絹布から横糸を引き抜いて女性の乳房のかたちを浮かび上がらせたタイのピナリー・サンピタックの作品《乳房の塔》をくぐりながら会場に入っていくと、まずは大小さまざまな無数の糸玉と女性の身体をつなげる中国のリン・ティエンミャオ(林天苗)のインスタレーションが目をひきます。モンゴル、ネパール、韓国、インドネシア、シンガポール、パキスタン、インド、ベトナム、マレーシア、ミャンマーなど、アジア各地の約50人のアーティストによる約200点の作品がならぶ、圧巻のボリュームです。

展覧会の構成は、「女性の身体―繁殖・増殖、魅惑と暴力の場」、「女性と社会(1)女性/男性の役割、女同士の絆 (2)ディアスポラ、周縁化された人々」、「女性と歴史―戦争・暴力・死・記憶」、「女性の技法、素材―「美術」の周縁」、「女性の生活―ひとりからの出発」といった具合に大きな章立てがなされているのですが、観て行くうちに、実際の展示作品がかならずしも章立てのとおりに並べられているわけではないことに気づきました。

そのことに、はじめは少し途惑いましたが、次第に、美術館の展示空間にあわせて作品そのものを生かそうとしていること、そして「沖縄」という場所性を意識しながら展示の順序を組みたてていることが、わかってきました。
とりわけ、塩田千春からはじまり、山城知佳子、出光真子、井上廣子……と続いていく沖縄・日本の女性作家たちの展示の流れは、世代を越えた戦争体験の継承、無意識下の加害/被害、福島にもつながる中央と周縁の関係性と、さまざまな問題意識を作品の連続性のなかで考えさせられる、印象深い展示でした。

沖縄展を担当されたT学芸員は、「美術家たちの南洋群島」展の際にも、大胆に展示の順序を変え、沖縄展のみの作品を追加して、内容に変化をもたらしていたことを思い出します。
「沖縄」という場所から「南洋群島」を見ることの意味、そして今回は「沖縄」から「アジア」を見ることの意味を真剣に考えながら、その場所でなければ成立しない展示を組みたてているのだということが伝わってきて、心を打たれました。
先に見ていた小企画「ART IS MY LIFE 沖縄の女性アーティスト」展も、「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち」展に対する、沖縄からの応答という意味があるそうです。

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閉館までじっくり展示を観た後は、T学芸員と同僚のMさんに連れられて、沖縄市コザへ行き、若手アーティストたちの活動拠点をいくつか見せて頂きました。
実はコザでも「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち」展の関連企画として、4か所のアートスポットで若手女性作家の展示が行われていたのです。

Tさんたちの説明によれば、現在、沖縄の若手作家たちの活動拠点は、那覇からコザに移っているとのこと。必ずしも沖縄で育った作家ばかりではなく、全国あるいは台湾などから沖縄県立芸術大学に進学してきて、そのまま沖縄に残ることも多いそうです。
私も埼玉県出身の作家さんに2人ほど出会い、思わぬところで“県人会”のような状態になって驚きました。
また、丸木美術館で2年前に「OKINAWA つなぎとめる記憶のために」展を開催した際に紅型の作品《結い You-I》を展示させて頂いた照屋勇賢さん、そしてその染織を手掛けた紅型工芸士の金城宏次さん、ギャラリー・ラファイエットのAさん、沖縄県立芸術大学のKさんなどに偶然お会いして話をすることができたのも、予想外の収穫でした。

コザからの帰りには、写真家のタイラジュンさんが米軍ハウスを改装して開いているお店rat&sheepで食事を頂き、気がつくと非常に充実した盛りだくさんの一日になっていました。
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