2012/11/23

本橋成一さん「屠場」スライド&トーク  イベント

あいにくの寒さと小雨まじりの天候にもかかわらず、午後2時から行われた本橋成一写真展「屠場」には、約50人の方が訪れ、会場はほぼ満席となりました。

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実は、今回の展覧会は、本橋さんから「丸木さんのところで屠場を展示して、位里さん、俊さんに見て頂きたかった」とのお話を聞いたことを機に実現した企画。
本橋さんは屠場を撮りはじめた1985年頃に、丸木夫妻の写真も撮影されていて、『ふたりの画家』という写真録にまとめられているのです。

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トークは本橋さんの語る丸木夫妻の思い出からはじまりました。
初めて丸木美術館を訪れたのは、スライド『ひろしまを見た人』(1985年/監督=土本典昭/構成=西山正啓/撮影=本橋成一)の仕事。《原爆の図》は高校生の時に新聞記事でご覧になっていたのですが、ファインダー越しに絵を見たとき、とても奥の深い、見る人の想像力を広げる絵だと感じたそうです。
その後、二人の画家の暮らしを記録するために丸木通いをはじめた本橋さんは、俊さんが子どもたちに「原爆を体験したらあなたたちはこの世にいない。だから想像してもらえる絵を私たちは描いたのよ」と語りかける姿が印象に残っていると語りました。

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『ふたりの画家』に収まっていない写真も、スライドで紹介して下さいました。
たとえば当時本橋さんがされたという屋外の展覧会(木と木の間に洗濯用のロープをわたして、クリップで写真をとめた展示の様子)など。
木漏れ日のなかの写真展、とても気持ちよさそうです。

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この頃の丸木美術館は、ジャン・ユンカーマン監督が映画『HELLFIRE』を、土本典昭監督が映画『水俣の図・物語』を撮影されたり、《沖縄戦の図》制作の過程をテレビ局がドキュメンタリ映像に収めたり、作家の石牟礼道子さんや詩人の関根栄一さんたちが出入りされていたり、さまざまな文化的なコミュニティの場として隆盛を迎えていたようで、とても興味深いです。
そのあたりの聞き取り調査も、いずれ進めていきたいところです。

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「屠場」についてのお話では、やはり「命を頂いているという実感を持ちにくい時代のなかで、せめて人間が食べるものだけでも人間の手でちゃんとやってあげたい」という本橋さんの言葉が心に響いたと、多くの参加者がおっしゃっていました。
質疑も活発に行われ、とても良い雰囲気のなかで行われたトークでした。

無理をして会場に駆けつけて下さった本橋さんはじめ、ポレポレタイムス社のOさん、ご協力いただいた関係者の皆さまに心から御礼を申し上げます。
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