2012/9/24

『毎日新聞』夕刊に“吉田博が写した戦争”紹介  掲載雑誌・新聞

2012年9月24日付『毎日新聞』夕刊に、“画家吉田博が写した戦争 油彩、水彩画など埼玉で戦後初公開”との見出しで、22日にトークセッションに参加して下さった毎日新聞社大阪本社学芸部の佐々木泰造専門編集委員が、「発掘――戦時下に描かれた絵画」展の紹介記事を書いて下さいました。

http://mainichi.jp/feature/news/20120924dde018040026000c.html

以下は記事からの一部抜粋です。

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 吉田は自然と写実、詩情を重視した作風で知られる。浮世絵のように高度な技法を用いた木版や油彩で、世界の名峰などを描いた。若くしてアメリカ、ヨーロッパに渡って展覧会を開催し、海外で活躍する日本人画家の先駆けとなった。帰国した吉田らが1902年に結成した太平洋画会は、黒田清輝らが創設した白馬会と画壇を2分した。

 公開中の戦争画は38〜40年、陸軍省嘱託の従軍画家として中国に派遣されたときの作品。油彩の「急降下爆撃」は137cm×108cmの大作で、41年の第4回新文展(日展の前身)に出品された。上空から平野に向けて画面を切り裂くように急降下する戦闘機を、背後から捉えている。動感あふれる作品だ。

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 吉田は従軍時、62〜64歳。「画家は自分が描いているものを感じなければならない」と、実際に戦闘機に乗り込んで曲芸飛行を体験したという。戦争の是非への判断を抜きに、一場面を風景として切り取ったようにみえる。

 従軍画家としての作画態度を示す作品もある。腹ばいで銃を構える兵士の淡彩画と、同じ構図の写真が残っていた。自身が撮影した写真には、のんびりとこちらを向いた兵士の姿も映っている。戦闘のポーズをとらせたことが明らかだ。

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 従軍画家は実際には、最前線に身を置くことはなかった。ほぼ同時期に中国へ派遣された小磯良平や中村研一らは、南京城攻略戦(37年)を目にしていないにもかかわらず、まるで現場にいたかのように細部まで描き込んだ。それに対して、2人より世代が上の吉田はあくまで現地で見たものの写生にこだわったように思われる。

 本展は、戦後埋もれてしまった戦争画をありのままに見つめ、画家がどのように戦争に直面したかを考えようと企画された。激戦地、南京・光華門の戦跡を描いた作者不詳の未発表作品「弾痕光華門外」なども出品中で、画風を見比べることもできる。


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さっそく、問い合わせの連絡なども届いています。
記事を書いて下さった佐々木泰造さんに感謝です。
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