2012/9/19

文学座公演『エゲリア』  他館企画など

閉館後、文学座準座員Kさんのお誘いで、吉祥寺シアターへ文学座公演『エゲリア』(作=瀬戸口郁、演出=西川信廣)に駆けつけました。

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エゲリアとは、ローマ神話に登場するヌマ王の妻。彼女のように「永遠に青春の女」たらんと激しく生きた作家・岡本かの子とその家族を描いた舞台です。
Kさんの紹介で知り合った俳優・佐川和正さんが、息子の岡本太郎役を演じています。

家事は一切せず、幼い太郎を柱にしばりつけて自身の創作に没頭し、夫の一平の了解のもとに愛人を家に招き入れて共同生活をするなど、世間の常識を蹴散らしながら、破天荒に、芸術のために生きたかの子の姿を、彼女の詠んだ歌を交えながらたどっていく意欲作。

ドラマ以上にドラマティックな現実の物語を舞台化することの、そして圧倒的に突出した個性を持つ登場人物を演じることの困難さは感じましたが、笑いと熱気のあふれる、ぐいぐい惹き込まれていくような舞台でした。

クライマックスで読み上げられるパリ留学中の太郎への手紙が、非常に効いていました。

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 えらくなんかならなくても宜い、と私情では思う。しかし、やっぱりえらくなるといいと思う。えらくならしてやり度いとおもう。えらくならなくてはおいしものもたべられないし、つまらぬ奴にいばられるし、こんな世の中、えらくならなくても宜いような世の中だからどうせつまらない世の中だからえらくなって暮らす方がいいと思う。
 あんたやっぱり画かきになさい。


(中略)

 だが私は思うのよ。制作の発表場所を与えられれば迷いながらも一つの仕事を完成する。そして世に問うて見、自分に問うて見、また次の計画がその仕事を土台にして生れる。そしている内にともかく道程がだんだん延びて次の道程の道程をつく―でなければいつまでたっても空間に石を投げるようにあてがつかない。無に無が次いで遂につみ上ぐべき土台の石一つも積むことは出来ない。
 手で働きながら心で考えることだ。


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ときに滑稽とさえ思えるほど、心身を削って芸術に対峙していた母の覚悟が、息子へと注ぎ込まれていくような内容で、ああこうして岡本太郎の精神ができあがっていったのだと、しみじみと心を打たれるラストシーンでした。
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