2012/9/6

「戦時下に描かれた絵画」展示終了  企画展

企画展「発掘:戦時下に描かれた絵画」の開幕を明後日に控えて、ようやく展示作業が終了しました。

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今回は、最初の小展示室に作者不詳の謎の油彩画《弾痕光華門外》など住友資料館所蔵の4点の作品を展示し、大きな企画展示室には吉田博の従軍スケッチや油彩画、写真など30点を展示しています。

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といっても、展示中は美術館は平常通り開館していて、今日もさいたま市内の県立高校とドイツの高校生たちが団体で来館し、賑わっていました。

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今回の展示の軸となる《弾痕光華門外》は、1937年の南京陥落直後に日本人画家によって描かれたと思われる作品ですが、従来の「戦争記録画」のように戦争の“正当性”を誇示したり、戦果を誇張するのではなく、生々しい銃弾の痕をとどめる門壁や、門の上の墓標、寂しげに町を行きかう中国人たちの姿が印象的な、もの悲しい雰囲気の風景画です。

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画面右下には「国四郎」との署名がありますが、満谷国四郎は南京陥落の前年、1936年に逝去しています。画面には署名を消された後もあり、後に何ものかによって改ざんされたものと思われます。

また、X線調査の結果、作品の下地に富士山の絵が描かれていることも判明しました(肉眼でも、画面上に富士山の輪郭線を確認することができます)。
二つの絵を描いたのは、同一の画家だったのか。
なぜこのような国策から逸脱するような雰囲気の作品が描かれたのか。
さまざまな謎を呼ぶ絵画です。

昨年、毎日新聞社の佐々木泰造さんが、この《弾痕光華門外》の謎を追う記事を4回にわたって連載していました。
佐々木さんは、記事のなかで、絵の作者を満谷国四郎とも親交のあった石川寅治ではないかと推測しています。これは、なかなか興味深い仮説です。
展示室には、この毎日新聞の記事も参考資料として掲示しています。

9月22日(土/祝)には、その佐々木さんをはじめ、長谷川春子研究で知られる栃木県立美術館の小勝禮子さんや、大阪大学の北原恵さん、修復家の尾形純さんをお迎えして「戦時下に描かれた絵画」のトークセッションを行います。

どうぞ多くの方に、お運び頂きたいと思っています。
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