2012/1/22

「生誕100年藤牧義夫展」/銀の鈴社/「ベン・シャーン展」  他館企画など

あいにくの雨でしたが、朝から遠出をして、近現代史研究者のKさん、Yさんといっしょに、神奈川県立近代美術館 鎌倉館ではじまった「生誕100年 藤牧義夫展」(3月25日まで)と、同じく葉山館「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト」(1月29日まで)を観てきました。

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藤牧義夫は1911年に群馬県館林市に生まれた版画家です。
若くして小野忠重らが結成した新版画集団に参加して頭角をあらわし、関東大震災後に復興した東京の風景を木版画で表現して注目を集めます。
代表作とされる《赤陽》(1934年以前、東京国立近代美術館蔵)は、都会の街並みの果てに沈む赤陽が目に沁みる、一度観たら忘れがたい印象を残す作品です。
隅田川の岸辺の光景を60mに達するほどの長大な細密描写で描いた《白描絵巻》のシリーズ(1934年、東京都現代美術館蔵)も圧倒的な存在感を放っています。
しかし彼は、1935年9月2日、24歳で突然姿を消しました。
なぜ失踪したのか、その後どうなってしまったのか。
現在に至るまで、その謎は誰も解くことができません。

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わずか5年という短い活動期間であるにもかかわらず、今回出品された作品・資料は約200点。
たいへん見応えのある内容で、藤牧義夫の作品の魅力はもちろん、1930年代の東京(それはまさに、1901年生まれの丸木位里や、1912年生まれの赤松俊子が画家としての道を歩みはじめた空間でした)を感じることのできる、お勧めの展覧会です。

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次に訪れたのは、鶴岡八幡宮の反対側の銀の鈴社という小さな出版社兼ギャラリーでした。

昭和初期に建てられた木造の瀟洒な一室に案内されて、スタッフの方々にご挨拶をしました。
というのも、銀の鈴社では現在、『平和をねがう「原爆の図」―丸木位里・俊夫妻―』と題する小学校中学年以上向けの伝記の刊行に向けて準備をすすめているのです。
すでに初校ができあがっていて、事実関係を中心に、最近の研究成果を反映するための校閲作業を行っているところです。

書籍刊行に関しては、今後詳しい情報が決まり次第、ご紹介したいと思っています。

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最後に向かったのは、神奈川県立近代美術館葉山館の企画展「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト ―写真・絵画・グラフィック・アーティスト」。

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2012年3月11日、東日本大震災と福島原発事故が起きたことで記憶される日、丸木美術館では、丸木夫妻とベン・シャーンという、日米の画家の視点から見た「第五福竜丸事件」を比較する展覧会を開催中でした。
今回の展覧会には、そのとき丸木美術館に出品された作品も10点以上展示されています。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2011/2011lucky.html

展覧会の最大の見どころは、ベン・シャーンの表現手段のひとつとして“写真”に着目している点があげられます。
ベン・シャーンの絵画やグラフィック・デザインの仕事の多くは、ニューディール政策の一環として彼自身が大恐慌以後の農村部をまわって撮影した写真をもとに制作されています。
展示の狙いは、その写真と絵画・デザイン作品との関連性を解き明かしつつ、“写真家”としての彼の深いまなざしを紹介するものです。
絵画やデザインのための写真ではなく、それらの領域を自在に往還して表現活動を行った、“クロスメディア・アーティスト”としてのベン・シャーンの姿が、新鮮に浮かび上がってくるように思いました。

前日の早稲田大学の幻灯研究会では、1950年代の《原爆の図》のメディア横断的な展開を紹介しましたが、ベン・シャーンと丸木夫妻の共通点は、いわゆる“社会的主題”を描いた画家というだけではなく、さまざまなメディアを通じて社会と結びついた表現者という点もあげられるのではないかと思います。
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