2011/9/15

『アート・検閲、そして天皇』  書籍

社会評論社から8月に刊行された『アート・検閲、そして天皇 ―「アトミックサンシャイン」 in 沖縄展が隠蔽したもの』(沖縄県立美術館検閲抗議の会・編、2,800円+税)を読んでいます。

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2009年4月、沖縄県立美術館・博物館で開催された「アトミックサンシャインの中へ in OKINAWA」展において、当初展示を予定されていた大浦信行さんによる昭和天皇の図像をコラージュした版画連作《遠近を抱えて》が、展示を拒否されるという事件がありました。
この書籍は、展示拒否に対する抗議運動の記録として出版されたものです。

当事者の大浦さんをはじめ、昨年亡くなった針生一郎元館長、比嘉豊光、徐京植、白川昌生、鵜飼哲、石川文洋、古川美佳、桂川寛など幅広い分野の方々がそれぞれの視点から検閲問題について考察しているので、たいへん読み応えがあります。

同年夏に約2週間にわたって、ほぼ連日、東京のギャラリーマキで行われた緊急ギャラリートークの内容もすべて収録されています。
近現代史研究者の小沢節子さんが「丸木夫妻の『原爆』と『沖縄』」について語った回には、私も参加していました。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1217.html

トークを読み返すと、あらためて小沢さんが的確に丸木夫妻の《原爆の図》や《沖縄戦の図》の意味を解きほぐしていることに感心するのですが、最後に[追記]として、2010年4月17日から7月10日まで丸木美術館で開催された「OKINAWA ―つなぎとめる記憶のために―」展について好意的な展評を記して下さっていたので、とても嬉しく思いました。
その[追記]のなかから、重要な部分を抜粋して紹介いたします。

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 今回の「OKINAWA」展では、丸木夫妻の表現と向き合い、響き合うかのように、沖縄の作家たちの力強くもあり、内省的でもある個性あふれる表現が並んだ。会場には、夫妻の作品だけでも、沖縄の作家の作品だけでも、どちらか一方だけの展示からは生まれない緊張感が漂っていたように思われる。ギャラリートークに先立つシンポジウムでは、アトミックサンシャインとは、アメリカの核によって守られてきた日本の「核の日だまり」と読み替えられないか、であれば、日本国憲法(九条)の外部に置かれつづけてきた沖縄はアトミックシャドウの中にあった/ある、という指摘もくり返されていた。私は「アトミックサンシャイン」展は未見だが、そもそも「日本の」現代美術と沖縄の作家の表現を一つの空間に並べることの意味が、そこではどのように問われていたのだろう。丸木夫妻と沖縄の作家たちの表現の差異を差異として提示しつつ、しかし両者がお互いを照らし合うことによってその差異の意味を考えさせる「OKINAWA」展には、この問いを本土の人間が考えていくための糸口が示されていたと思う。

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「OKINAWA ―つなぎとめる記憶のために―」
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2010/2010okinawa.html
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