2011/8/4

『東京新聞』寄稿「余白に こもる思い」  執筆原稿

2011年8月3日付『東京新聞』夕刊(一部地域8月4日朝刊)に、「余白に こもる思い つながるヒロシマ・フクシマ」と題し、原爆の図第8部《救出》の余白からヒロシマとフクシマを想像力でつなげるという趣旨の岡村の寄稿が掲載されました。

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原稿を依頼して下さったのは、文化部のM記者。
8月6日の「ひろしま忌」直前という、機を得たタイミングでの掲載に感謝です。
以下は、原稿の一部紹介。

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 第八部の《救出》という作品がある。作者自身の体験をもとに、広島の救援活動の様子が描かれている。右半双は他の連作同様、炎が燃えさかり、むき出しの裸体が折り重なる八月六日の地獄絵図。しかし左半双に炎はなく、怪我人を運ぶ無傷の人たちの姿が見える。原爆投下から数日後の光景だ。そこには丸木夫妻の姿も描きこまれている。余白の多い静かな画面だが、今は左半双の方がとても気になる。当時は誰も「原子爆弾」という言葉さえ知らなかったが、爆心地には高濃度の放射性物質が漂っていたはずだ。人間の五感では感知できないから、当然、絵に描かれてはいない。私たちが余白から想像力を広げなければならない。救援に来た人たちは汚染された。丸木夫妻も体に異変が起き、命はとりとめたものの、後に被爆者手帳を取得している。

 三月十一日以後、私たちの生きる世界は変わってしまった。その証に、こうした話をすると、美術館を訪れた子どもたちの顔つきが変わる。今の彼らには、目に見える肉体の傷より、描かれなかった放射能の方がずっと身近な脅威なのだ。ヒロシマとフクシマは、六十六年の時を越えて、見えない余白でつながってしまった。

 丸木夫妻が何より心配したのは、未来ある子どもたちを命の危険にさらすことだった。その点では、原爆も原発も違いはない。夫妻は晩年、原発反対運動に熱心にとりくんだ。原発分の電気料金支払いを拒否し、電気を停められると自家発電で対抗した。「原発止めないと原発に殺される」。「原発で働く労働者や近くに住んでいる人たちの被害は目に見えているのです」。「チェルノブイリクラスの事故の時は日本列島、太平洋の島々、隣接する国々へと放射能はひろがって行きます」。当時の文章を読み返すと、福島の事故を予見したような記述が何度も目にとまる。「想定外」とは適当でない。想像力を広げて「想定」していた人は、確かにいたのだ。


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さっそく、さまざまな方から感想のメールやお電話をいただいています。
お読み下さった皆さま、どうもありがとうございます。

元NHKのディレクター・プロデューサーで、現在、武蔵大学社会学部教授の永田浩三さんも、ブログで紹介して下さいました。
以下は、ブログの一部抜粋です。

きのうの東京新聞には、丸木美術館の学芸員・岡村幸宣さんが、丸木夫妻の『原爆の図』の第8部「救出」の余白の多さに言及しながら、ヒロシマからフクシマへの連続性について述べておられた。フクシマにまき散らされた放射性物質は、広島原爆の20〜30個分だといわれる。丸木夫妻は、晩年、原発反対運動にも熱心に取り組み、原発の分の電気料金の支払いを拒否。電気を止められると、自家発電で対抗した。丸木位里さんの母、丸木スマさんの有名な言葉「ピカは、人が落とさにゃ、落ちてこん」。原発事故も、まったく同じだ。今後、われわれは、どのような社会をめざすために、どのような選択をすべきなのか注視し、積極的に行動していきたい。

http://nagata-kozo.com/?p=3072

原爆の図第8部《救出》は8月7日まで長野県松本市浅間温泉の神宮寺で展示中。
丸木美術館では8月9日から再展示の予定です。
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