2011/5/12

『中央公論』、『朝日新聞』、『毎日新聞』に「チェルノブイリ展」掲載  掲載雑誌・新聞

今日も雨の一日でしたが、一日がかりで「第五福竜丸事件」展の作品返却を行いました。
埼玉県朝霞市の丸沼芸術の森、東京の丸の内ギャラリーと第五福竜丸展示館……無事に返却を終えて、ようやく肩の荷が下りました。
これで「第五福竜丸事件」展の作業はすべて終了。
会期中に震災と福島原発事故が発生したこともあり、本当に忘れ難い展覧会となりました。

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開催中の「チェルノブイリから見えるもの」展の反響は、相変わらず続いています。

2011年5月10日発行の『中央公論』6月号のコラム「Art」欄に、“「チェルノブイリから見えるもの」展 根本的な問いかけの力”という見出しで、美術評論家の住友友彦氏が大きくとりあげて下さいました。
以下は、記事の冒頭からの抜粋です。

東日本大震災後、海外の知人から、日本は原爆の被害を受けた国なのに、なぜ原子力発電を推進するのか、と聞かれた。電力を大量に必要とする社会を維持するため、というのが政治や経済が示してきた答えだろう。経済成長のために原子力の平和利用が喧伝されてきた時代から、それに疑問を続けた作家がいた。政治や経済とは異なる芸術の分野に、個人の感性を出発点にした根本的な問いかけの力があることを忘れないでおきたい。

その作家は丸木位里、丸木俊である、と続く文章は、『原爆の図』が常設展示されている美術館の企画展として、チェルノブイリ事故で被害を受けた村で暮らす人々を描いた貝原浩のスケッチや広河隆一と本橋成一の写真が展示されている、と紹介して下さっています。
また、針生一郎展についても触れながら「とりわけ、芸術と社会の関わりに強い関心を持ち続けてきた彼の発言にも今学ぶべきものがきっとあると思う」とまとめられています。

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また、2011年5月12日付『朝日新聞』朝刊埼玉版にも“原発事故後 村人の生き様描く”との見出しで展覧会が紹介されました。

http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000001105120001

以下は記事からの一部抜粋です。

画家の故・貝原浩さん(1947-2005)の「風しもの村 チェルノブイリ・スケッチ」の絵巻は、立ち入り禁止の村に戻って耕作する人々らの様子が、叙事詩のように丹念に描写されている。
「長い時間をかけて畑を耕し、日々の営みの全てをその土地に委ねてきた人たち。残り少ない時をその土地で生き切りたいと願い覚悟して戻ってきた」などと、絵巻にまつわる話がつづられている。
写真も展示されている。フォトジャーナリストの広河隆一さん(67)の作品は、病院で甲状腺の手術を受ける11歳の少女の写真など12点。本橋さんの15点からは、事故の翌年に生まれた女の子「ナージャ」や村人がたくましく生きる様子が見てとれる。


というように、個々の作家についても紹介されています。

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同じ2011年5月12日付『毎日新聞』夕刊文化欄には、“「チェルノブイリから見えるもの」展を開催”との見出しで、貝原浩さんのスケッチ「風しもの村」を中心とする紹介記事がありました。

http://mainichi.jp/enta/art/news/20110512dde018040075000c.html

以下は記事からの一部抜粋です。

画家、貝原浩(1947〜2005年)が残したベラルーシのスケッチ集「風しもの村」の作品を中心に22点を展示。貝原は92年から、チェルノブイリ原発の「風下」にあたるベラルーシへ通い、放射能汚染に苦しむ人々の暮らしを見つめた。おばあさんの笑顔に刻まれた深いしわ、まきを割る農夫のたくましい腕、無人の村で営巣するコウノトリ……。逆境にあってなお輝く命が、力強い線で描き出される。
同展は、チェルノブイリ原発事故25周年を期して今秋の開催を予定していたが、福島の事故を受けて急遽繰り上げたという。学芸員の岡村幸宣さんは「絶望だけでは生きられない。ベラルーシの人々のたくましさに、今こそ触れていただければ」と話している。


こうしたさまざまな記事のおかげで、美術館には多くの方が来館して下さっています。
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