2005/11/26

お詫びと訂正  その他

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▲紅葉情報=駐車場のメタセコイアの樹

珍しく4件の館内説明が集中した一日。まず午前11時30分に千葉の子ども核廃、午後1時に上三川町教育委員会、1時30分には日高市手話サークル・聴覚障害会(手話通訳付の館内説明)。午後1時来館予定の平和を考える茅ヶ崎市民の会実行委員会は少し遅れるとの連絡があったのでY子さんに替わってもらった。館内説明は一日3回あたりが集中力の限界。繰り返し同じような内容を語ると、どうしても「言葉」が軽くなってしまう気がする。

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午後、10月26日に丸木夫妻の作品を寄贈していただいた野坂米子さんからお電話があり、「美術館ニュースを拝見しました。記事のなかで、私は野坂参三の“お連れ合い”と書かれていますが、養子なんですよ」と言われてしまった。「第一、あんなおじいちゃんの連れ合いでは、いくらなんでも私が可哀想でしょう」と笑ってくださったが、完全にこちらの確認不足なので、平謝りであった。勘違いの原因は、野坂米子さんが来場された9月17日の銀座松坂屋丸木スマ展の連絡ノートに、「故野坂参三の奥様」と書かれていたこと。それがそのまま最後まで生きてしまった。きちんと本人に直接確認をとれば防げたミス。深く反省してお詫びします。

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午後1時30分より文京区の男女平等センターにて丸木美術館再生プロジェクトが行われた。事務局からはN事務局長が参加。支援カンパ活動が一段落しつつある現在、今後の美術館再生への方向性が話し合われる。
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2005/12/1  19:53

投稿者:雅幸画房さん

この日の最後に美術館を後にした入館者です。日本画を描いておりまして、23日から、岩殿観音の銀杏をスケッチする為に東松山に滞在しており、帰りに美術館に寄らせて頂きました。

私の大学時代の恩師で、故大島哲以先生が丸木御夫妻とは人人会でご一緒だったので(当時子供だったのでオンタイムでは拝見してはいないのですが)丸木御夫妻にはなんとなく親近感を覚えておりました。しかし、御生前お目にかかる機会もなく、お作品も拝見したことがなかったので、地図を眺めていて、たまたま取材地から目と鼻の先と言うことで、何かの御縁を感じ、写生を終え、夕方になってしまいましたが、寄らせていただきました。2階に上がり、目に飛び込んできた息を飲む迫真のお作品の数々に、完全に圧倒されました。本当に魂の込められたすばらしい絵でした。アトリエに入らせて頂いて、おふたりにお会いできたような気持ちになりました。もう少しいたかったのですが5時に・・・、またうかがわせていただきます。

http://www.geocities.jp/nihongayarou/


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