2011/2/13

イメージ&ジェンダー研究会/『祝の島』上映会  他館企画など

午後は武蔵大学で開催された研究会「戦時下日本の女性の美術」に参加。
北原恵さんの「戦時下の長谷川春子―〈Harouko HANOI,1939〉の絵を中心に」、吉良智子さんの「戦争美術展における「銃後」の図像」、小勝禮子さんの「戦時下の日本の女性画家は何を描いたか―長谷川春子、赤松俊子(丸木俊)を中心として」という3つの発表を聴きました。

吉良さんによる女流美術家奉公隊の共同制作《大東亜戦皇国婦女皆働之図》(1944年陸軍美術展出品作)の分析については、以前から一度聴いてみたいと思っていたのですが、今回、はじめてその発表を聴くことができて、とても刺激を受けました。
とりわけ、男性の代替労働者としての女性を主題とするこの共同制作が、「祈る女性像」や「母子像」などを描かず、むしろ女性が協働し自立する男性不在の世界観を描くことで、画家たち自身の意識を超えて従来の“銃後”のイメージを逸脱し、近代国家の意図するジェンダー秩序に揺らぎを与えているという指摘は、非常に興味深く感じられました。
この作品が収められている靖国神社の遊就館には、まだ一度も行ったことがないのですが、いずれ機会を見て作品を実見したいと思います。

   *   *   *

夕方からは市役所のKさんと待ち合わせて、九段会館で行われた映画『祝の島』(纐纈あや監督、2010年)上映会に参加。
山口県の上関原発計画に30年近く前から反対を続けている祝島の人びとの様子を生き生きと記録したドキュメンタリ作品です。



上映の後、纐纈監督と哲学者の内山節さんの対談が行われたのですが、内山さんの発する言葉のひとつひとつが非常に面白く、心に沁みました。

心に残ったのは、原発問題について、「どちらが正しいかを争ってはいけない」という内山さんの言葉でした。
何が正しいのかは物事を見る角度によって変わります。
エネルギー問題を解決すべきという原発推進派の意見もひとつの回答と言えるかもしれません。
しかし、それぞれ別の角度から「どちらが正しいか」を争うのではなく、「何が大事か」、つまり、原発の建設と島の人びとの暮らしのどちらが大事か、という視点で考えることが必要なのではないか、という内山さんの意見には、目から鱗が落ちるような思いがしました。

実は内山さんはKさんの恩師であり、つまり、丸木美術館も深く関わっている地元の「ホタルの里」計画には、間接的に内山さんの思想が大きく影響しているのです。
この日の対談でも、内山さんは「コミュニティとは横につながる人びとの関係を指すけれども、日本の村落に古くからある共同体は縦軸が重要視されていた。今生きている人だけでなく、地域を作ってきた“祖先”やこれから生れてくる“子孫”、それだけでなく“自然”とも今の自分たちはつながっているんだという考えをもとにして、物事の判断をすることが大切だ」という趣旨の発言をされていました。
自省を込めて、深く考えさせられる言葉でした。
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