2011/1/29

「『日本画』の前衛 1938-1949」講演会  館外展・関連企画

午後2時から東京国立近代美術館で行われた「『日本画』の前衛 1938-1949」展の講演会に参加しました。
この展覧会の企画者である京都国立近代美術館学芸課長・山野英嗣さんの「日本画の前衛―『歴程美術協会』を中心に」と題する講演です。

山野さんには、この企画の準備段階で初めてお会いして、たいへんお世話になったのですが(今展に際し、丸木美術館の所蔵する丸木位里の《馬》=1939年第2回歴程美術展出品作=を京都国立近代美術館さんに修復して頂きました)、「日本画」や「前衛」の概念を丁寧に見直そうとされる真摯な姿勢には非常に感銘を受けました。

この講演でも、温和な語り口でわかりやすく展覧会の企画意図や個々の作品について刺激に満ちた解説をして下さり、あっという間に1時間半が過ぎて行きました。
山野さんのお話を伺いながらあらためて感じたのは、画家は作品が残っていてこそはじめて評価がなされる、ということ。とりわけ、戦前・戦中期の画家は、戦争という大きな障害があるため、失われた作品が多く、評価が難しいのです。
今展で、近代「日本画」史上、最初の前衛運動であると位置づけられている歴程美術協会の出品作も、山野さんや広島県立美術館の永井さんがたいへんな努力をされて、集められる限りの作品を展示されているのですが、存在を確認できなかった作品が多数あります。全貌を知る、ということは今日では極めて困難と言わざるをえません。

山野さんが映像で紹介された作品40点のうち、17点はそうした“失われた作品”でした。
村山東呉という画家など、作品が現存していれば日本のシュルレアリスムを代表する画家のひとりとして評価されたに違いないと思えるほど、興味深い作品の写真絵葉書が残されているのですが、残念なことに、今展では1点も作品を見ることができません。

それでは、せめて残された写真をパネルにして会場に展示すればいいのではないかとも思ったのですが、「それではだめなんですね」と山野さんは講演の最後におっしゃっていました。
展覧会は実作品を前にして、一人の人間と作品が対話することに意味がある。展覧会を開くことで作品は生まれ変わり、あらたな美術史が作られる
この言葉は、とても深く心に響きました。

今回の展覧会を、山野さんは「“日本画”や“前衛”という概念について、そして日本の近現代美術史について考えるひとつのはじまりにすぎない」と位置づけられていました。
しかし、そうした「はじまり」を指し示すことこそ、本来、展覧会の重要な役割ではなかったか。
集客などの問題も、もちろん無視してはならないと思うけれども、展覧会の持つ本質を決して見失ってはいけないと、自戒を込めてあらためて深く考えさせられました。

   *   *   *

講演のあと、とても嬉しい出会いがありました。
以前から電話では何度もお話をしていたものの(丸木美術館に来館して下さったときは、私がたまたま不在だったこともあり)一度もお会いしたことがなかった某新聞の文化部の記者さんに、初めてお会いすることができたのです。

年齢が近いということもあってか、たちまち意気投合。
ご一緒に「『日本画』の前衛」展を閉館時間ぎりぎりまで見た後、喫茶店で1950年代の原爆の図巡回展の調査や“再制作版”のことなど、時間を忘れて話し込んでしまいました。
記者さんにお話をすることで、あらためて自分のなかで整理できたことも多く、たいへん貴重な時間になりました。
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