2011/1/24

“教育紙芝居”の調査  調査・旅行・出張

この日は美術館の休館日でしたが、息子の通う幼稚園が所蔵している紙芝居を一日がかりで調査させて頂きました。

以前、“教育紙芝居”の草分けとして知られる高橋五山のご遺族の方が紙芝居の調査に丸木美術館に来館して下さったことがありました。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1517.html

そのとき、「古い紙芝居を調査するなら、図書館よりも、歴史のある幼稚園などを調査した方が良い」というお話をお聞きしました。
息子の通う幼稚園は創立100年を超えるという、古い歴史をもつ幼稚園。
調査をさせて頂いたところ、実に200点以上の紙芝居が所蔵されていました。

もっとも古い紙芝居は、1933年の発行。
同年に創設された“紙芝居刊行会”が発行したキリスト教普及を目的とする「福音紙芝居」シリーズでした。

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写真は『獅子穴のダニエル』(編集=今井よね、紙芝居刊行会、1933年10月20日発行)。
紙芝居刊行会の設立者・今井よねは、アメリカでキリスト教を学び、帰国後に自宅で伝道をはじめましたが、当時は『黄金バット』などの“街頭紙芝居”が大人気。拍子木の音がすると子どもたちが外へ出てしまうので、紙芝居を伝道に利用することを思いついたそうです。
当時の街頭紙芝居は手書きが主流でしたが、今井よねは大きさを街頭紙芝居の2倍にして、彩色し印刷出版しました。
これが現在も教育現場で活用されている、いわゆる“教育紙芝居”のはじまりで、B4版というこのときの紙芝居の定型は、現在も受け継がれています。

その後、紙芝居にも戦争が大きく影響し、いわゆる“国策紙芝居”が全盛となる時代が来るのですが、調査した幼稚園には戦争に関連する作品はありませんでした。
一方で、高橋五山の立ち上げた全甲社などが刊行する良心的な“文芸紙芝居”も、戦時中に刊行されていたようです。

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泣いた赤鬼』(原作=濱田廣介、脚本=松葉八十子、絵画=西原比呂志、製作=日本教育紙芝居協会、1943年11月10日発行)はそうした作品のひとつと言えるのでしょう。

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花咲爺』(撰=相馬泰三、画=澤令花、発行所=東亜国策画劇株式会社、1944年7月15日発行)は、内容は一般的な昔話ですが、発行所が“東亜国策画劇株式会社”となっているところに時代を感じます。

敗戦後は、一転して平和や民主主義を普及する内容の紙芝居が増えます。
1950年に高橋五山が設立した“教育紙芝居研究会”から刊行された紙芝居も、いくつか見つけることができました。

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おさるのふえ』(作=川崎大治、画=松山文雄、発行所=教育紙芝居研究会、1950年2月20日発行)の表紙絵には、“民主紙芝居人集団刊行”という文字も読めます。

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よわむしちゃんこう』(作=高橋五山、画=小谷野半二、編集=教育紙芝居研究会、発行=日本紙芝居幻灯株式会社、1952年9月1日発行)は、高橋五山がみずから文章を手がけた作品。

興味深いところでは、敗戦直後という時代を反映して、ジープに乗ったアメリカ兵が子どもにチョコレートをくれる場面が描かれた紙芝居もありました。

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これは『ボクちゃんと卵』(作=サトウハチロー、画=山川惣治、発行所=大日本画劇株式会社、1946年11月5日発行)の一場面です。

今回の調査では、もしかしたら丸木夫妻の手がけた未発見の紙芝居が見つかるのではないかと期待していたのですが、残念ながら見つけることはできませんでした。
そのかわりに、丸木夫妻と師弟関係にあった岩崎ちひろ(いわさきちひろ)の手がけた紙芝居は、2点ありました。

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ひとつは、『のみのかわでつくった王さまのながぐつ』(作=高橋五山、画=岩崎ちひろ、編集=教育紙芝居研究会、発行所=日本紙芝居幻灯株式会社、1956年9月1日発行)。

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もうひとつは、アンデルセン童話をもとにした『おかあさんのはなし』(脚本=稲庭桂子、画=岩崎ちひろ、発行所=童心社、1965年3月5日発行)。

このうち、『おかあさんのはなし』は、もともと1949年に教育紙芝居研究会から刊行され、昭和25年度文部大臣賞を受賞した作品の復刻版です。
この作品をきっかけに、岩崎ちひろが絵本作家への道を踏み出したことで知られています。
丸木俊の童画の影響を色濃く受けている、との評価もあります。

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ラストシーンでは、死神から子どもを取り戻す慈愛に満ちた母親の姿が描写されています。
先日、ちひろ美術館・東京で行った講座でも少し触れましたが、“母と子の愛情”は、俊とちひろの共通のテーマです。

   *   *   *

今回は、思いもかけず、日本の教育紙芝居の歴史をたどるような興味深い調査となりました。
これからリストを整理して、さらに調査の成果を深めていければと思っています。
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2011/6/25  15:08

投稿者:okamura

>akeminさま
コメントありがとうございます。
いろいろ紙芝居の研究をされているのですね。
こちらも参考にさせて頂きます。

2011/6/21  0:31

投稿者:akemin

はじめまして
ほるぷ出版/1984年発行の『泣いた赤鬼』の
元版の情報を探していました!
こちらの記事を読ませていただき参考になりました。
ありがとうございます!

私も紙芝居作品紹介のblogをつくっています。
『おかあさんのはなし』
http://yaplog.jp/roudoku/archive/31

五山賞受賞した作品を実演する
http://yaplog.jp/roudoku/archive/233

http://yaplog.jp/roudoku/

2011/1/30  6:57

投稿者:Okamura

>tu-taさま
そもそも、『おかあさんのはなし』はなぜ“お母さん”の話なのか、丸木俊が繰り返し“母子像”を描いたのはなぜか、という点も含めて、ジェンダー的観点からは批判研究の対象になるのでしょうね。
今回の日誌は単に紙芝居の発見を主題にしているだけなのですが、ぜひこのあたりの問題、tu-taさん深めて発表などなさってください。
ともあれ、アンデルセンの原作を別作品と言えるほど大きく改変してまでこだわった結末、とりわけ母親の長い独白には、性差など問題なく強く心を打たれるように感じます。

2011/1/27  18:24

投稿者:tu-ta

「慈愛に満ちた母親の姿」とかの記述を使うときは、その問題の立て方はジェンダー的に問題はないかという問いを立てる必要がありますね、昨今。どうしてそれは親ではなく母親でなければならないのか?そのあたりのエクスキュースを入れないと、つっこまれることが多いです。


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