2010/11/21

平川恒太展トークショー2日目  特別企画

連日トークショーで盛り上がるアートスペースの平川恒太展「Neverending Story」。
2日目のこの日は、アートコメンテーターの花房太一くんと若手芸術家集団Chim↑Pomのリーダー卯城竜太くんをゲストにお迎えして、平川くん、岡村の4人でトークショーを行いました。

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はじめに卯城くんがChim↑Pomの活動をスライドトークで紹介。
ご存知の方も多いと思いますが、彼らは2008年に広島の原爆ドームの上空に、飛行機雲で「ピカッ」の白い文字を描き、大きな問題を巻き起こしました。

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詳細はこちら→http://www.webdice.jp/dice/detail/1020/

その後、河出書房新社より『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』という単行本も発行されました。

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この本には、丸木夫妻の原爆の図 第2部《火》も参考図版として掲載され、針生一郎元館長の原稿や卯城くんたちとの対談も収録されています。
卯城くんは、針生元館長が亡くなられた際にも雑誌『美術手帖』に追悼文を書き、そのなかで、広島の「ピカッ」事件後に作品発表ができなくなってしまったChim↑Pomに対し、針生元館長が「丸木美術館で個展をやってもいいよ」と励ましてくれたことが紹介されています。
そうした経緯もあって、卯城くんと会うのはこの日が初めてでしたが、どういう話をしてくれるのか、とても興味深く思っていました。

   *   *   *

トークはまず、丸木美術館を訪れた印象から。
卯城くんは、「《原爆の図》は世界遺産になってもいいと思う」と発言。
原爆を芸術におとしこむのか、メッセージとして伝えようとしているのか、絵から丸木夫妻の葛藤を感じるが、最終的に芸術におとしこんだところに共感できる、という趣旨の話をしていました。
また、没後15年丸木位里展については、「自分が丸木位里という作家を知らなかったことに気づいた。1940年代の絵がとても好き。やりたいことを好きなようにやっていて、案外ユーモアのある作家だと思った」と嬉しい感想を聞かせてくれました。

一方、花房くんの方も、《原爆の図》について「もっとおどろおどろしいと思っていたが、実際に観ると肉体美の印象が強い」との感想。
花房くんは、「芸術家の節操」と題して、戦時中に描かれた“戦争画”と呼ばれる作品群と、敗戦後に起こった「戦争責任論」についてレポートしてくれました。

その後はもっぱらChim↑Pomの「ピカッ」事件とその後の経緯を軸に話が進み、もう少し平川くんの個展についても踏み込んだ対話があってよかったかなと思いましたが、20代の若者たちが戦争や原爆をいかに自分たちの問題としてとりこんでいくべきか否かについて熱心に討論する様子は、やはり貴重なものだと感じました。
もちろんそう簡単に結論を出せるような話題ではないので、私もあまり発言せず若者たちの考えを興味深く聞かせてもらいましたが、平川くんに促されて発言した位里の妹の大道あやの《原爆の図》に対する厳しい評価と、あや自身が90歳になって「原爆の絵」に挑み結果的に破綻した(破綻することで彼女自身の原爆体験の重みが“表現”された)という話は思いのほか参加者の興味を惹いたようで、美術館受付で販売していた大道あやの絵本『ヒロシマに原爆がおとされたとき』(ポプラ社)は完売となりました(近日再入荷予定)。

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トークショーを通じて、Chim↑Pomの活動、とりわけ「ピカッ」作品が若い芸術関係者の間に大きな影響を与えているのだと気づかされました。
また、卯城くんが、「ピカッ」について「“アート業界”から賞賛の声があがるたびに、逆に業界の狭さを感じる。広島の被爆者の方々の感情とあまりに乖離していて、複雑な心境になる」と発言していたことも印象に残りました。
「ピカッ」についてはさまざまな意見があり、また、Chim↑Pomの活動についても、毒のある過激な作品が多いので賛否が分かれるとは思いますが、少なくとも他者の心情を傷つけることへの想像力を持ち、痛みを抱えながら活動をしている作家たちなのだということが感じられて、あらためて今後も注目していきたいと思いました。

そして、針生館長が遺言のように残した企画の話も、記憶に留めておきたいと思います。
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