2010/10/26

元都立大生・西岡洋氏聞き取り調査  1950年代原爆の図展調査

かつて都立大学在学時に《原爆の図》の巡回展に関わったという横浜在住の西岡洋氏が来館して当時の証言をして下さいました。

西岡氏が「原爆の図展」に関わったのは、1952年から53年にかけてのことです。
ご本人の話によれば、1952年5月に都立大学で学生たちによる資料パネルで構成された「原爆展」を開催したことがきっかけとなって、東京都平和委員会から「《原爆の図》とともに、原爆展の展示セットを巡回して欲しい」という依頼があったとのこと。
展示の候補としては、北海道大、都立大、京都大の3つの大学が作成した展示セットが挙がっていましたが、内容や輸送への適性などが吟味されて、最終的に選ばれたのが都立大学だったそうです。

西岡氏は原爆展の展示内容を丹念に記録しており、今回、そのノートを見せて下さいました。

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表紙の「原爆展」の文字は、後に野々下徹氏が記したとのことです。

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当時の「原爆展」の資料パネルの内容を知ることのできる、たいへん貴重な資料です。
西岡氏の回想では、都立大学では《原爆の図》は展示されていなかったとのことですが、ノートを見ると、「原子病」の解説部分には、丸木夫妻の絵本『ピカドン』の挿絵の一部が引用されていました(下の頁の2つのイラストは『ピカドン』の挿絵だとわかります)。

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   *   *   *

西岡氏ら都立大学の学生たちは、《原爆の図》を巡回していた野々下徹氏や吉田早苗氏(ヨシダ・ヨシエ)とともに東京周辺の会場を訪れ、資料を展示し、観客を呼び込みました。
実は西岡氏は長崎出身で被爆しており、巡回展ではヨシダ氏らの説明の様子を参考にしながら、みずからの体験を語ることもあったそうです。

野々下氏の遺した巡回展メモを見ながら、西岡氏の記憶を掘り起こして、主な巡回先をピックアップしてみました。1953年には山口県にも足をのばしたとのことです。

【1952年7月】
中野区江古田・東京療養所(野々下氏メモによれば5日間)
清瀬市・清瀬療養所(同4日間)
【1952年8月】
渋谷(同5日間、ヨシダ氏の記憶では回教寺院だが、西岡氏は公民館と回想)
立川市・南口公会堂(8月5日〜7日)
武蔵野市・井の頭公園平山博物館(8月6日〜10日)
田無町(同5日間)
板橋区(同4日間)
【1953年7月】
山口市・山口大学教養学部(7月10日〜12日)
厚狭町(同2日間、西岡さんのノートに地名記載)
小郡町(同1日間、同上)
小野田市(同2日間、同上)
下関市(同3日間、同上)
岩国市(同3日間、同上)


西岡氏の記憶では、この他に川越など埼玉県内各地を巡回したこともあるそうですが、野々下氏のメモには含まれていません。
もっとも野々下氏のメモは、もうひとつの《原爆の図》……模写(再制作)版の巡回の足跡はまったく記していないので、埼玉を巡回したのは、あるいは模写(再制作)版なのかも知れません。
西岡氏の記憶では、どこかの会場で模写が展示されることになったものの、オリジナルと比べて質が落ちるために、その是非をめぐって学生たちの間で議論が起きたとのこと。第2部《火》の炎の描写が異なるので、実際にオリジナルと模写をならべて比較したこともあったとか。

また、当時の写真も多数提供して頂きました。

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こちらは東京・井の頭公園の平山博物館で開催された「原爆美術展」の風景です。
平山博物館は昆虫学者の平山修次郎が収集した世界各国の珍しい蝶、昆虫類が展示されていた博物館でした(現存せず)。
京都大学や北海道大学の学生による展覧会は「綜合原爆展」の名称が使われていましたが、この会場では「原爆美術展」との看板が目に止まります。

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右の写真、右端にヨシダ・ヨシエ氏の姿を発見。

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こちらの写真は立川展のための街頭呼び込みの様子。
看板には「原爆美術展」との文字が見えます。
会期は8月5〜7日、会場は立川南口公会堂、主催は東京都平和委員会と読みとれます。
平山博物館の会期は8月6日〜10日と看板に記されているので、会期が2日間重なっているのが気になります。
あるいはどちらかの会場に模写(再制作)版が展示されたのでしょうか。

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《原爆の図》の前で説明をする俊さんの写真もありますが、会場を知る手がかりがありません。
ちなみに写真に写っている第3部《水》はオリジナルです。

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屋外で観客に囲まれている俊さんの写真もあります。平山博物館展の際の写真でしょうか。

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この写真は、以前にも見たことがあるものでした。
「原爆展」の宣伝用自動車も写っていて、とても良い写真なのですが、会場が判明できません。
背後に写っている建物は、平山博物館のようにも見えるのですが、窓枠のかたちなど細部が微妙に異なっているようにも見えます。

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最後は山口展での写真。画面中央のネクタイ姿は野々下氏。
向かって右隣が若き日の西岡氏です。

なお、今回西岡氏から提供いただいた写真は、いずれも撮影者が不明です。
もしご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ丸木美術館までご一報ください。
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