2010/9/11

反核反戦展オープニング/針生館長追悼の会  イベント

いよいよ「今日の反核反戦展2010」の初日。
今年は午前10時からオープニングを兼ねて針生一郎館長の追悼の会が開かれました。
朝早い時間にもかかわらず、会場にはたくさんの方が来て下さいました。

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最初に講演をして下さったのは、現代美術家・映画監督の大浦信行さん。
2001年に映画『日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱えこんでしまった男』、2005年に続編の『9.11-8.15 日本心中』を制作した大浦さんは、なぜ映画で針生一郎を撮ろうと思ったのか、という話を中心に、たっぷり1時間お話しして下さいました。

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心に残ったのは、針生さんが傾倒したヴァルター・ベンヤミンと保田與重郎という左右両極端の思想のなかに同居しているものとして、“断片”“断章”があげられるのではないか、という指摘でした。
針生さんの評論のスタイルは、決して結論を言い切らずに、断片的でバラバラな状態のまま言い散らしていく。それは一見言論として弱いように思えるかも知れないが、みずからの思考を縦の権力にせず、横の地平に広げていくための姿勢だったのではないか、という指摘です。
ベンヤミンの言葉のなかにも「世界の歴史の瓦礫を拾い集めていくと星座のようになっていく」という表現があるが、針生さんにとっても「瓦礫を拾い集めていく」ことは、生きる糧を永遠につかもうとする意欲や想像力あるいは好奇心を喚起させるための努力だったのかもしれない、と大浦さんは語りました。

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続いて講演をして下さったのは画家の池田龍雄さん。
針生さんとは敗戦直後からの長いつきあいで、なぜ針生さんが髭を生やしはじめたのか、という逸話をはじめとして、当時人名を「当たらずとも遠からず」の意味に置き換えるあだ名づくりが流行し、針生さんは「保留一応(ホリュウイチオウ)」と呼ばれていた、という微笑ましい回想をして下さいました。

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昼食は美術館の前庭に移動して、参加者全員で針生館長に“献杯”。
川越のM年山さんはじめボランティアの皆さんがたくさんの料理を用意して下さいました。

   *   *   *

午後からは、毎年恒例の展覧会出品者によるパフォーマンス。
今年は開始時間が早かったためか、暑さのせいか、途中で帰る参加者も多く、最後のイベントが終了した午後6時15分には、はじめの1/4ほどの人数にまで減ってしまいました。
まるで耐久マラソンのようなイベントに、最後までお付き合い下さった参加者の方、そしてボランティアの皆さま、本当にお疲れさまでした!
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