2008/12/16

ちひろ美術館/「人類館」公演  館外展・関連企画

今日は午後から、ちひろ美術館・東京で開催中の「ちひろと水墨」展に足を運びました。絵本作家いわさきちひろに芸術面で多大な影響を与えた丸木位里の水墨画と、赤松俊子(丸木俊)のデッサンも出品されています。2階の企画室に展示された位里の水墨画、とりわけ《臥牛》《鷺》《妙義山》などの力作は、空間をねじふせ圧倒するような迫力を感じます。
特に事前の連絡もせずに急に思い立って訪れたのですが、安曇野ちひろ美術館のT副館長が出て来て下さって挨拶をして下さいました。そして総務主任のNさんといっしょにカフェでお茶を飲みながら雑談。丸木夫妻とちひろさんは、ある時期から政治的立場の問題で交流を絶ち、そのまま生涯再会することはなかったのですが、今日Nさんから、「晩年に丸木俊さんが、ふらりとちひろ美術館に立ち寄って下さって、とても嬉しかった」というお話を聞いて、少しほっとしました。
今回の企画は、ちひろ美術館で初めて丸木夫妻の作品が展示されるという歴史的な展覧会でもあります。

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夜には早稲田大学大隈講堂で行われた戦後沖縄を代表する戯曲「人類館」(1978年岸田戯曲賞受賞、知念正真作)を鑑賞しました。この戯曲は、1903年に大阪で行われた内国勧業博覧会の場外パビリオン「学術人類館」で琉球やアイヌの人たちが民族衣装で陳列された「人類館事件」を題材にしたもので、現在東京国立近代美術館で開催中の「沖縄・プリズム 1872-2008」のイベントの一環として、30年ぶりに一夜一幕かぎりで東京公演が実現したのです。
実は「沖縄・プリズム」展については、「琉球処分以来の近代国家日本と沖縄との関係性を批判的に検証すると言いながら、沖縄戦や基地問題が抜け落ちている」との指摘がH館長はじめ丸木美術館関係者から聞こえていました。しかし、この夜行われた熱演は、「沖縄・プリズム展」の最後のピースを見事に埋めるものだと感じました。
“人類の差別を解消するため、彼らの姿を正しく知らなければならない”との目的で作られた「人類館」という抑圧的な装置を舞台に、戦前の皇民化教育、沖縄戦におけるひめゆり部隊や鉄血勤皇隊、集団自決、ベトナム戦争下の売春婦など、場面はめまぐるしく変化しながら、沖縄の歴史の重みが表現されます。30年前の上演時、沖縄の人が泣きながら笑い転げたというこの喜劇。そのセリフは、次々と聞く者の胸に突き刺さります。

「沖縄の言葉を話してはいけないと言っただろう! われわれの理解できない言葉があるとは我慢がならない。私たち日本人は、日本語で泣き、笑い、語り合うべきだ。それでこそ国家はひとつにまとまるのだ!」
「この赤ん坊は大きな声で泣きわめいて、われわれの所在を敵に通報しようとした。よって、スパイの容疑で処刑する!」
「われわれは命がけで貴様らの命を守ってやっているんだ。少しくらい良い思いをさせてくれてもよいではないか。なに、子種ならいくらでもくれてやる」
「戦争の後遺症のため魂の深遠で苦悩した沖縄県は、精神病発生率が全国1位である。この苦悩を解消するには、精神の回復、すなわち大和魂の復活しかない!」
「ベトナム黒人兵が性欲をもてあましている。これは日本女性の危機である。極東アジアの安全保障のため、日本の防波堤として、黒人に抱かれてくれ」

幕が下りると、講堂を埋め尽くした約1000人の観客からは万雷の拍手が響きました。
そして、「すごい戯曲だった」「来て良かった」という声が、客席のあちこちから聞こえてきました。
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