2006/4/5

日曜日  管区長通信

7.信仰によって歩むこと

マルコ 8:22-26
一行はベトサイダに着いた。人々が一人の盲人をイエスのところへ連れて来て、触れていただきたいと願った。イエスは盲人の手を取って、・・・・その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。すると盲人は見えるようになって、言った。「人が見えます。木のようですが、歩いているのがわかります。」 そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、その人を家に帰された。

黙想:
わたしたちは、組織変革の困難さを無視してはいけない。それらを隠すことは正しいことではない。・・・はじめは、すべてははっきりしていないのだから・・・ イエスによって癒された盲人に起こったことは(マルコ8:22-26)、わたしたちにも起こるでしょう。・・・それは漸進的な奇跡でした。・・・この奇跡は、わたしたちの現状を理解するのを助けてくれるように思われます。たとえ、旅すべき道がはっきりと見えると確信して見えていたとしても、わたしたちは、どのように旅するのか知らないのです。すなわち、どんな困難に遭遇するか知らないのです。おそらく、困難は、人よりは木のように見えるかもしれません。しかし、そのとき、イエスは、確かにわたしたちの助けとして来てくださり、わたしたちの道を導いてくださることでしょう。
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