2006/4/5

金曜日  管区長通信

5. 一つの体と一つの霊

1コリント 12:18−27
そこで神は御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分をおかれたのです。・・・だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。・・・・一つの部分が苦しめば、すべての部分が苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。

黙想:
過去20年間、社会の顔も教会の顔も大きく変わったように修道生活の顔もまた変わりました。世界は、もっと多民族、多人種、多宗教になりつつあり、本会全体もまた、”新しい方法での共にあること”を生み出す時が来たのです。これまでの管区として考えるよりも、会全体で考えるときが来たのです。多様な文化や国家の種々の賜物を交換することなども含んで本会のあらゆる部分との相互の対話の可能性と福音的あたらしさを再発見するときが来たのです。
0




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ