2008/12/29

デコレーティングハウス  DIARY

2008.12.24 23:42

サンクスギビングからクリスマスまでの約1ヶ月間、この辺りの家々ではクリスマスデコレーティングのイルミネーションが見られる。

その中でも特に大掛かりな飾り付けで有名な家が1軒近くの住宅にある。
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わがティンバーミルラン住宅から車で3分ほど西にあるエメラルドレイク住宅のサンタさんの家に今年もデコレーションを見に行った。

今年は11月30日に本格的な雪が降ったらしいが、私たちは11月27日から4日間のサンクスギビングホリデーを利用してワシントンDCに旅行していたので、その様子は知らない。
ただ、今月6日に少し吹雪いて、いよいよ雪の季節だと感じたのは覚えている。

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15日以降本格的に雪が降り、積もっていたのだが、その後、降ったりやんだりしていた雪が、18日の夜から雨に変わった。
すると大量の雨水を含んだ雪が解け始め、夜中に凍りつく。
今年のクリスマスイブはホワイトクリスマスと言うより、クリスタルクリスマスだった。

道路の路肩に厚く残った雪解け水が凍って、タイヤがすべる。
朝晩はもちろん氷点下の冷え込みだが、昨年より気候は寒冷ではないのかも知れない。
ここ4、5日は雨ばかりで雪が降らないからそう思うのだが、風が強くて季節外れの嵐のような夜もあった。

クリスマスイブの夜9時過ぎに去年と同じようにクレアを載せてカミさんとエクスプローラでエメラルドレイクのデコレーティングハウスを見に行った。

残念ながら、今年はサンタさんに会えなかった。
ここんと何日かは雨が降ったりやんだりで、風も強かったから、家を出るときに多分サンタさんにはあえないだろうことは予測していた。
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そこに停車して私が写真撮影したアト車をユーターンして反対車線を徐行しながら見物していた、9時半前の10分間程度で、私たちと同じように、このデコレーティングハウスを見物に来たと思わしき乗用車が10台くらいはあったと思う。
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2008/12/23

新しいデジカメ SONY CYBER SHOT DSC-T77  PRICE

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8月17日から20日までの4日間をシカゴで過ごした時の事。
US-30からステイト49を経由してミシガン湖の手前でI-94に乗り、そのアトI-294でイリノイ州に入った途端にフリーウエイをまたいでサービスエリアがある。フォートウエインを10時ころ出発すると、ちょうどこの辺りで少し遅い昼食を食べることになる。8月17日もそのサービスエリアで私たちはメクダノウのハンバーガーセットを買って昼食にした。
この時私はこのサービスエリアのモールをうろうろしながら、いつものように写真を撮った。

しかし、ここで撮影しているときに、オリンパスのデジタルカメラを落としてしまった。

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そしてその時、衝撃を受けた私のデジタルカメラはピントがまったく合わず、使えなくなってしまった。

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その時から、このシカゴでの4日間はカミさんのデジタルカメラで撮影して、私のそれは電源を切って使わなかった。

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しかし、この旅行を終えて帰宅した4日後に電源を入れてみると、なぜかこわれたはずの私のデジタルカメラは撮影可能になっていた。

ただ、落とした時ほどピントはぼけていなかったが、完全には元通りにはなってなかったようで、その日から、そのオリンパスのデジタルカメラはずっと不完全な状態で、いつも少しピントが甘い写真になってしまっている。
この故障したデジタルカメラは昨年の10月末くらいにマイヤーで買ったもので、2年間保障の契約はしていないが、調子が悪くなった8月末だったら、買ってから1年たっていないからマイヤーに持って行けば、無料で修理してもらえるはずだと思った。

しかし、完全に壊れているのならそれを見せて修理を頼めると思うが、このデジタルカメラみたいに微妙にピントが甘いと言う現象を英語で説明する自信がないし、微妙にピントが甘い写真を見せても、カメラが故障しているからだと受け取ってもらえるかどうかにも自信がもてなかった。

だから、今年のクリスマスプレゼントに新しいデジタルカメラをカミさんにねだった。
そして昨日、ノースクレストショッピングモールにあるベストバイでSONYのサイバーショットを手に入れた。
実はこの中途半端に壊れた、オリンパスのFE-280の前に使っていたのもSONYのサイバーショットだった。その初代サイバーショットも三脚を使って撮影していた時に、その三脚を倒してレンズが動かなくなったり、コートの左ポケットに入れたまま乗った自動車のドアを閉めたとき、ドアからポケットがはみ出した状態でドアをバタンとしてそれに挟んでやはりレンズが動かなくなってしまった。
三脚を倒して壊した1度目の故障は、それを買ったベストバイのカスタマーサービスを通してSONYで修理してもらった。買ってから1年たっていなかったので、修理代は無料だった。
車のドアに挟んで故障させた2度目の時も、買ってから1年未満のときだったが、なぜか修理してもらえなかった。なぜ修理してもらえなかったかいまだにわからないままだ。
こちらで買った、2台のデジタルカメラは同じようにレンズの故障で使えなくなると言う運命をたどったので、だから今回はカミさんにわがままを言って、今までより100ドルほど高い、レンズが動かないタイプのデジタルカメラにした。

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ノースクレストショッピングセンターのベストバイにはレンズ固定式のSONYのサイバーショットが3機種おいてあった。
元値$399の2台のうち1台が$299、もう1台が$379、そしてあと1機種元値$299のDSC-T77が$279だった。私は元値$399が$299になっていた古いデザインのサイバーショットDSC T-300に決めた。
デザインが新しいT-700の方が良いとも思ったが、元値が同じ$399なのにタイプが古いだけで$80も安ければそちらを選ぶべきだろうと考えた。
しかし、買って帰って箱を開けたら、バッテリーチャージャーが入っていなかった。
すぐに、ベストバイに取って返して、カスタマーサービスのリターンアンドエクスチェンジ窓口で返品した。

私は返品ではなく交換して欲しくて、I want to exchange it to same new one.みたいな事を言ったのだが、カスタマーサービスのお姉ちゃんは、それをまったく無視して、返品の手続きをしてくれてしまった。

再度売り場に行き、DSC T-300を買いたいと言ったら、在庫がないと言われた。
それと、同時に同じ$299でT-77ならあるよと言われた。
そのことは私も知っていて、その元値$299のT-77は$279で売られていた。
私はお兄ちゃんに、しかしこっちは元値$399が$299なのに、お兄ちゃんが勧めるのは、元値$299が$279だからモノが違うんちゃう、といった。
するとおにいちゃんは、T-300は古いタイプだから$100も安いンだ、と私に見当違いの説明をした。

何を訳のわかンないことを言ってンだいとか思ったが、それとは関係なく、デジタルカメラに$379使うのは気が引けて、私は意気地なくお兄ちゃんが勧めた元値$299で売価$279のT-77に決めた。

2008/12/14

みんなのマーくん  JAPANESE SATURDAY SCHOOL

【JSSの学習発表会2008】

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最近は、JSS(Japanese Saturday School=フォートウエイン補習授業校)の行事があると、リサちゃんとジュリアちゃんがMC役を引き受けることになっている。
日本語でリサちゃんが、ジュリアちゃんが英語でセレモニーの司会進行をしてくれる。

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私は時々写真撮影係りを田辺さんから頼まれたりもする。
もちろん、総合司会は田辺理事長が勤める。

JSSの学習発表会という文化祭見たいなものが11月22日(土)に開かれた。

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カミさんがこのJSSの幼稚部を手伝っていて、同時にESLの生徒で、私と一緒に英会話を勉強しているというのが私たちとJSSとのかかわり方だ。

フォートウエインの日本人コミュニティには、田辺さんが編集、出版している「かわら版」という広報があって、これに、JAAI(Japanese American Association Indiana=フォートウエイン日米協会)や、JSSでの行事のことを知ることが出来る。

その「かわら版」が出る前にこのブログに書いてしまうのは少し心苦しいのだが、今、日本に戻っているシーフロントの長井ゴローさんにかわいいリサちゃんの写真を見てもらいたくて、久々にこのブログを更新する事にした。

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田辺理事長に頼まれたビデオと写真をDVDとCDに焼いて昨日渡したのだが、写真撮影できなかったシーンをDVDから静止画にして取り出す作業を今日していて、MCのリサちゃんの写真を見た時にふと、今、日本に帰国している長井ゴローさんにこのかわいい娘さんの写真を見せたら喜んでもらえるだろうかと思った。

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と言うわけで「JSS学習発表会2008」のその他の写真や情報は「かわら版」に任せるとして、今日はリサちゃんがMCをしているときの写真と自分の創作絵本「みんなのマーくん」を朗読しているときの写真。

それと、手元にある学習発表会のプログラムから、その日のプログラムを転記。

2008年度学習発表会(School Play and Presentation)
フォートウエイン補習授業校(IPFW Japanese Saturday School)
日時: 2008年11月22日 12:00〜1:30
場所: IPFW Ball Room
司会: 長井リサ、ジュリア シュルツ

1、校長挨拶
2、児童開会宣言
3、漢字の成り立ち(小学部1年)
4、創作絵本、みんなのマーくん(高等部)
5、マクドナルド(国際幼稚部)
6、歌と手遊び(幼稚部)
7、お手紙(小学部2年)
8、白雪姫2008(国際部
9、伝え合うということ(小学部4年)
10、アメリカ人から見た日本人(国際部)
11、児童閉会宣言
そして、この発表会の様子はまたいつか。

2008/7/28

娘婿の愛妻弁当  LUNCH BOX

今日は、私のではなく、娘の美咲(仮名)が作ったキャラクター弁当の写真。
隣のトトロのキャラクター弁当なんか私に作ることが出来るわけはないから、これは娘の美咲(仮名)が作ったものだとわかる。
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去年結婚した娘の婿が自転車と電車とバスで2時間か2時間半くらいの職場に通勤していて、そこは医療関係の職場だから、患者さんや職員用の食堂があると思うのだが、結構頻繁に娘が娘婿に弁当をこしらえているらしい。
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ただ、娘婿も私と同じように良く出来た婿で、娘が初孫の夜泣きで疲れて寝坊したときなどは、自分のために自分の弁当を作って持って行ったりもするらしい。
しかし、それは私とは少し違うかもしれない、てか、違う。
結婚してから今までに私がカミさんに弁当を作ってもらった事はない。
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ただ、結婚当初からずいぶん長い間私は弁当が要らない環境で働いていたのが理由である事は、カミさんの名誉のために書いておく。
私が弁当を作るようになったのは、7年前くらい前からこちらに出向してくるまでの3年間だけだったから。
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そして、初孫が生まれたとき、産後の娘の助けで一時帰国したときは、カミさんが朝早く起きて、娘の代わりに娘婿のお弁当をこしらえていたらしい。
それと、私たちの息子と娘が幼稚園のときはちゃんとお弁当をこしらえて持たせてあげていたのだから、私はカミさんの弁当の味は知らないが、私のカミさんはまったく弁当を作れないわけではナイト思う。

そして、この娘が作ったキャラクター弁当の4枚の写真は、ミクシーの娘のブログに貼り付けてあった。

2008/7/15

桂かい枝(し)さんの英語落語会  芸能

2008/06/24

先週JAAIの田辺理事長から電話がかかってきて、今日の英語の落語会に誘われた。
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6月24日(火曜日) 午後7時からカーメルハイスクールで、桂かい枝さん英語落語があり、入場料は一人$15.00らしかった。
しかし実際には私達夫婦はただで入場する事が出来た。
カーメルハイスクールのオーデトリウムに入ると、会場入り口の受付にJASI事務局の福山さんと言う若い女性が座っていた。
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その福山さんに、フォートウエインの田辺さんから、受付で名前を言って予約しているチケットを受け取れと言われてきた、と言いながら、胸ポケットの紙入れから$20紙幣を2枚出して、カミさんと2人分の$30を支払おうとしたとき、料金の事は済んでいます。と言われた。
あ、そうか田辺さんの予約だから、アトで田辺さんに支払うべきものなのだ、と思った。

しかし落語の公演が終わってから会った田辺理事長に聞いたら、JASIの好意でフォートウエインのJAAIの会員は入場無料になったと教えてもらった。

フォートウエインにJAAI(Japan-America Association of Indiana )と言う日米協会があるように、JASI(Japan-America Society of Indiana )と言う日米協会がインディアナポリスにある。
この協会の主催で桂かい枝さんの英語落語があるから行ってみないかと田辺理事長が誘ってくれた。
そう誘われて、私が断る訳はない。
ビコース(because)なぜなら(あ、出ました、ルー大芝ふう)、何を隠そう私は私の母親譲りの大の落語好きなのである。
ま、私の母は大の落語好きというよりも大のお笑い好きだったのだけれども。
何年か前からちょくちょくテレビに出始めて、最近少し名前も知られるようになった私の甥っ子が、つまり私のなくなった兄の長男が、つまりなくなった私の母親の次男の長男が、(なんだそれ)、テレビに出ているのを見ないでなくなってしまった事をきっと天国で悔しがっているだろうと思う。私の母は四国の愛媛県で生まれ、九州の博多で育ち、父と結婚して一緒に満州に渡って、終戦後復員した父と一緒に筑豊で暮らした。
だから、私は「筑豊の子供たち」なのだ。と言っても、伊吹信介という筑豊で生まれ育った青年が主人公の「青春の門」と言う五木寛之さんの小説を読んだことがなければ、この「筑豊の子供たち」と言う単語の意味が持つイメージはわからないかも知れない。

吉本興業に桂かい枝と言う上方落語の落語家さんがいて、この4月1日から半年の予定で、きれいな奥様と可愛い女の子2人とを連れてキャンピングカーで全米を回って英語で落語の公演をしている。
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もしかしたら違っているかも知れないが、最初に英語落語で海外公演をしたのは桂枝雀さんだったと私は思っている。
桂枝雀さんは落語を緊張と緩和、または緊張の緩和だと言っていた。私もまさにその通りだなと思っていて、そんな枝雀さんを天才落語家だったと私は今でも思っている。
ただ、残念な事に躁うつ病を持っていた枝雀さんは9年前の1999年の春になぜか自殺してしまった。その時彼は61歳だった。
桂かい枝さんは、多分枝雀さんの英語落語というものを受け継いだ一人だと思う。
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大きなスクリーンでの英語落語の紹介と、かい枝さんが自ら高座で落語を紹介したり、落語の枕程度の話をもちろん英語でしゃべった。最後に英語版の「車屋」を聞いて、大体1時間程度の高座だった。
好きな落語をカミさんとこんな所で聞けた事を私は大変幸せに思った。
カミさんも私の横でよく笑ったし、とてもよい高座だったと思う。
ただ、そんな事は無理だとわかっているのだが、なぜか私は、古典でも新作でも構わないから、本格的な落語を英語で聞いて見たいと帰りの車の中で、そんな夢のような事を考えていた。
あ、こう書くと、かい枝さんの英語落語が本格的ではないと言っているみたいで申し訳ないが、正直なところ今夜の良かった高座の余韻に浸りながらも、少し不満な思いで帰りの車を私は運転していた。
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大竹先生の奥様のモコさんのご両親が、夏休みだからなのか、ちょうどフォートウエインに来ていて、今夜の落語を聞きに来ていた。カミさんから聞いた話だと、モコさんはかい枝さんと幼馴染で、家族ぐるみのお付き合いだったらしい。高座を終えてロビーで挨拶をしていたかい枝さんが、モコさんとご両親に会って、おや、まあ、何と、見たいな事を言いながら、こんなところでの再会を驚いていた。

2008/6/22

ナンチャッテ焼き鳥  LUNCH BOX

2008/06/07
【今日のお弁当】
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先週は焼き鳥風のタレを絡めた炒り鶏だったので、今週のメインのおかずは、同じスキンレス、ボンレスの冷凍チキンタイ(Chicken thigh=鶏のモモ肉)を使って、ナンチャッテ焼き鳥にした。

ナンチャッテ焼き鳥は、実は炒った後に少し焼いて軽く焦げ目をつけるだけなので、焼き鳥というより炒り鶏と言った方が正しいと思うが、ほんの短時間でも実際に焼いているので、ナンチャッテ焼き鳥と呼んでいる。

解凍してぶつ切りしたモモ肉に塩を振ったあと、一旦フライパンで炒めて火を通したアト、焼き鳥のような焦げ目をつけるためにオーブントースターで4、5分焼く。
炒るときに少し塩をふってあるので、オーブントースターで焼くときには、何もつける必要はないが、味噌かショウユで軽く香りつけするのもお薦め。
オーブントースターの金網にアルミホイルをしいて、炒めた鶏肉を広げてから、今朝は香り付けにショウユをほんの少しだけたらした。
彩りにいつものプチトマトがなかったので、赤いパプリカを使う事にした、ついでに黄色のパプリカと玉葱を炒めておかずにした。
甘い味付けの玉子焼きとブロッコリーはいつもと変わらず。

2008/6/22

焼き鳥風炒り鶏  LUNCH BOX

2008/05/31
【今日のお弁当】
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一時帰国していた日本からから5月28日にフォートウエインに戻ってきて、3日後の土曜日からカミさんがまたJSSの幼稚園を手伝いはじめて、3ヶ月半ぶりにお弁当を作った。
といっても、以前と変わらないチーズウインナーの海苔巻き。
玉子焼き、ブロッコリー、そして今朝のために水曜日に買ったプチトマト。
肉は冷凍の鶏のモモ肉。
ボンレス、スキンレスの冷凍モモ肉を電子レンジで解凍して、ぶつ切りにしフライパン
で炒る。火が通ったら砂糖、お酒、みりんとショウユを加えて、焼き鳥風の味付け。
味付けする前に火は通っているので、タレが絡まったら完成。

2008/6/22

ショウユオカカデビュー  LUNCH BOX

2008/06/20
【今日のお弁当】
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今朝はカミさんのリクエストで白ご飯のお弁当にした、と、いっても白ご飯のままでお弁当にする気はないのだが。
梅干と海苔の佃煮の周りには黒ゴマ。
白ご飯の表面の残り半分に東洋食品で買った、鮭のふりかけ。
これは、乾物だから日持ちに問題はないが、古くてかなり風味が落ちている。
今朝、瓶詰めのそのふりかけを調理台に用意した後、他にふりかけがないか引き出しを捜したとき、口が開いたビニル袋に残っていた使いかけのオカカを見つけた。
それを小鉢にあけてショウユを少したらし全体に絡めて、それもご飯の上に乗せた。
あ、先週と同じように二層のご飯の間には焼き海苔をちぎって挟んである。

今日のメイン惣菜は焼き魚。
袋入りの冷凍パラック(Pollack Fillets=タラの切り身)を4切れ電子レンジで解凍し、塩コショウして、油をひいて熱したフライパンで火を通したアト、オーブントースターに4、5分入れて、少しかりっとするくらいに表面を焼いた。
隣の野菜炒めは、赤、橙、黄、緑のパプリカ、オクラ、を冷凍えびと一緒に炒めたもの。
冷凍えびは解凍してシッポをはずして2つに切り分け、パプリカもそのえびと釣り合いが取れるくらいの大きさに切りそろえた。
オクラはヘタとシッポを切り取り半分の長さにブツ切りした。
味付けはバターと塩コショウだが、炒め終わる直前にショウユで軽く香り付けしてある。
冷蔵庫から野菜を取り出すとき、2、3日前にカミさんがマイヤーで買ったほうれん草が目についたので、ビニル袋に入れて、マイクロウエーブで2分間チンして、長さを切りそろえ、白ゴマを和えて、これもおかずにした。
彩りにプチトマトを入れたら、いつものブロッコリーをいれる場所が無くなかった。
だから、ブロッコリーと同じくらい定番の玉子焼きを半分に切って取り除き、そこにマヨーネーズとブロッコリーを入れた。

去年はほうれん草だったが今年はトマトについたばい菌で事故があったらしい。

体力が落ちるとばい菌のことも心配なので、プチトマトは注意して良く洗うこと。
そして、トマト以外の野菜は必ず一度火を通すようにしている。
プチトマトも茹でて、温野菜としてお弁当に入れたらまずいのかおいしいのか今度一度試してみよう。

2008/6/22

久々の白ご飯のお弁当  LUNCH BOX

2008/06/14

【今日のお弁当】
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長女の赤ん坊の世話と、長男の結婚式のために3ヵ月半一時帰国していたカミさんが5月28日に戻ってきて、5月末のその週からまたJSS(Japanese Saturday School)のプレスクール(pre school=幼稚園)の手伝いを始めた。
いつの間にか、土曜日のお弁当はもちろん毎週土、日の食事は私が作る事になってしまったようだ。
先週、先々週のお弁当は、ウインナー巻きだったので、今朝は、昨夜カミさんが炊いたご飯で白ご飯にした。
と言っても、白ご飯の時は時間が経っても糠くささが出ないように、大抵ふりかけをかける。
梅干と海苔の佃煮もあれば、必ず使うようにしている。
そして、何を隠そう、てか、隠れてしまっているが、白ご飯は2層になっていて、その下の層と上の層とのご飯の間に細かくちぎった半畳の焼き海苔を挟んである。
メインのおかずは、昨夜作ったポークの味噌煮。
玉子焼き用の生卵が無かったので、昨夜遅く近くのマイヤーで買って来ようかとも思ったが、カミさんから、無くても構いませんよといわれてやめた。
冷蔵庫にあった冷凍ポークと、玉葱と、人参を砂糖と醤油で甘辛く煮た。
玉葱はポークの臭み消しに使ったのだが、煮あがって味見をしたらなぜかまだ臭みが残っていたので、玉葱を新たに1個剥いて、クシ切りにして、なべに入れ再度中火で煮付けた。
しかし、それでも臭みが取れなかったので、思い切って、味噌と砂糖を足して味噌煮にした。
味噌煮にするとすべての臭みは無くなると言っても過言ではナイと私は思っているが、このポークの角煮もそのとおりこれで臭みがなくなった。
玉葱はとろとろにしたので、角煮の横に人参だけ添えた。
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後は、チーズウインナーとブロッコリー。
私はマイヤーで買うウインナーの中でこのチーズウインナーが一番ショッパくないウインナーだと思う、が、それでも必ず一度ボイルする。
アメリカのウインナーはどう塩分を抜くかが勝負だと思う。
茹でて塩抜きした後、乱切りにして、オーブントースターで5分間焼いて焦げ目を少しつけた。
それでも、味見するとまだ少ししょっぱい感じがしたので、今日は初めてケチャップで和えた。
しょうゆもケチャップも塩分だけど、しょっぱいものに使うと、塩味を緩和できる。
そして青みには定番のブロッコリーをいつものようにマイクロウエーブで2分間ちんしてマヨネーズを添える。

2008/6/12

琴とチェロの演奏で聴く宮城道夫の春の海をフォートウエインで  KRAFT & MUSIC

2008/04/19 23:36

アメリカで、フォートウエインで、琴とチェロで、ライブで、春の海を聞く事が出来るなんて思わなかったからうれしかった。
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ずいぶん若いときに琴を習っている友達がいて、その流派の発表会があって、1度か2度は聞いた事があった様な気がするが、大人になってからはライブで琴の演奏を聴く機会など日本でもなかった。

あ、いや、25歳くらいのとき秋吉敏子とルータバキンのジャズライブを友達に誘われて聴きに行ったときに、もしかしたらルータバキンさんのサックスと秋吉敏子さんの琴とのセッションを聞いた事があったような気もするが、遠い遠い昔の事で、そのころから私は演奏会でも映画館でも居眠りしてしまう病気のような、習慣を持っていて、だからジャズコンサートで琴の演奏を聴いたなんてのは単なる私の思い違いなのかもしれない。
==> http://www.youtube.com/watch?v=X0t8WSu6Tcc&feature=related
==> http://www.youtube.com/watch?v=Q_CXLk3RO2Y

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簡単に言うと、昨日の昼前にIPFWの学生寮で女子大生の遺体が発見された。
その加害者がまだ逮捕されていないので、警察からの指導で金曜日のIPFWの授業はすべて休講になった。10日ほど前にも近くの民間アパートで起きた、IPFWの学生殺害事件の犯人もまだ捕まっていないこともあって、そうなったのかも知れない。
そして、そのまま今日まで教室が使えなくなるのかどうかは不明だったが、昨日の時点でJSS(Japanese Saturday School)の事務局からe-mailで今日は休講するという知らせがあった。

ただ、今日は12時半から、IPFWに琴とチェロのジョイントコンサートを聴きにいく予定だった。

昨日のJSSからのe-mailにはそのことも書いてあって、それによると、IPFWではできないので、1時30分から、JSS事務局長宅でコンサートをすることになったらしい。

昨夜、会社から戻った途端にJSSの田宮さんから電話がかかって来て、昨日のe-mailを読んだか、今日のコンサートはIPFWではなく自宅に変更したから、と言う事を確認した。
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琴は山田流の木村伶香能(洋子)さん。
==> http://reikano.yamadaryu.com/index.html
彼女は来週ニューヨークで琴のライブを控えている。
そして、チェロはフォートウエインフィルハーモニック、主席チェリストのタマキヒカルさん。
==> http://www.fortwaynephilharmonic.com/
==> http://www.fortwaynephilharmonic.com/staff-details.asp

私は時間を間違えて30分も早く理事長のお宅に到着してしまった。
IPFWでの演奏会は12時30分だったので私はてっきりその時間だと思っていて、それでも、家を出るのが遅れたためその時間に15分ほど遅れてしまった。
しかし、理事長のお宅に到着したのは私が最初だった。
そして、玄関で挨拶したマチコさんから、早いですねといわれて、え、遅刻したと思ったのですがといったとき、1時30分からですよ、といわれて、私は遅刻したどころか、45分も早く来てしまったのだと言う事に気がついた。
今日のお客様はクラッシックギターのダンクインさん一家、FAME基金を創設した、ドロシーキッタカさんご夫婦とそのお友達、コロンビアシティのジャンセンさん親子、可愛い男の子を連れた磯崎さんご夫婦、理事長ご夫妻、我が家はカミさんが帰国中で私だけ、で、20名弱だっただろうか。
ま、アメリカとはいえ普通の民家だから、それくらいの観客で、ちょうど良かったのかも知れない。
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琴とチェロの春の海はすばらしかったが、それでも、タマキヒカルさんのチェロが少し遠慮気味に聞こえてしまったことが残念だった。
琴と尺八の春の海を聞く機会は良くある。
==> http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/harunoumi.htm
そして、今日の琴とチェロの春の海も違和感無く聞く事が出来た。
しかし、チェロと琴の演奏なのに、チェロが琴に遠慮してか、尺八の代わりをしている感じがして、タマキさんが弾くチェロの存在感が薄い感じがした。
すばらしいライブだった事には違いなかったが、少なくとも私はそう感じた。

ヨーコサンが弾いた琴は、ドロシーさんのご主人のお姉さんが50年ほど前に日本から持ってきたものらしい。



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