負の美学  日常

昨日は調べモノをしていたらyoutubeで「トキワ荘の青春」にぶち当たった。
今回のワンマンとは強ち関係なくもない映画だったので最後まで観てしまった。

映画館で観た時は面白くなかったが、後にビデオで借りて観たら号泣した。

寺田ヒロオが主役のトキワ荘の物語。
4畳半の部屋で漫画家が集まってボソボソ話したりキャベツ炒めをサカナにチューダー(焼酎をサイダーで割ったトキワ荘名物の飲み物)で酒を酌み交わしたりする何気ないシーンだけでも泣けてくるが、児童まんがに拘り、過激なものを求めてくる編集者と対立して、最終的には筆を折る(そこまでは描写されてないけど)寺田が苦悩するシーンを中心に、藤子や石ノ森(物語では当時の石森)のような最初から売れっ子ではない、遅咲きでまだブレイク前の赤塚不二夫や結局は漫画で食えなかった森安なおやが準主役としてスポットを浴びている部分も好き。
牛乳配達しながら「やめたくてもやめられない」と、漫画を描き続けた森安に、負の美学を感じる。
森安は「もうダメかも」と思いながら描いていたに違いない。

あとは寺田と交流があった無頼派の棚下照生やつげ義春といったアウトサイダーな漫画家が登場するのも良い。

当時の漫画はトキワ荘組だけではない。
徒党を組む感じのトキワ荘の漫画家よりも個人的には孤独な闘いを貫いた後者の2人の方が好きだったりする。
何故に劇画を嫌う寺田が棚下とは仲が良かったのかはよく分からないが、寺田自身も児童まんがが基本だとは思いつつも「やってらんねーよ」という気持ちがあったのかも知れない。
「少年の心を大人になっても持っていた」(安孫子先生)という藤本先生(ドラえもんの作者)だけが唯一、児童漫画家として苦もなく生き抜いたような気もする。




今、音楽活動している人たちはバイトや本職を持ちながら活動している人が圧倒的に多い。
トキワ荘で言うなら森安のような人たち。
「ような」というのは森安に失礼なほど、何も考えないで活動している森安以下な人たちの方がもっと多い。

流行を追う事を嫌った寺田。

オレはつまらない演者とは一緒にされたくないから都内でのブッキングライブは減っている。
今年もオファーがあった企画とかワンマンとか応募するイベントとかが多い。

でも…テラさんのように筆を折る事が出来ない。
これからも葛藤していくと思う。



大体でもサ、映画の人たちは20代。オレなんて40代よ。
もう…アウトだよね。




バイト終わりで下北沢のロフトに向かった。
シラフさんのライブがあったので。

店に入って受付しているときに喫煙スペースにたむろってた3人がチラシかなんか見ながら「変身忍者佐藤豪…」「パパビートで…」とかモソモソ話していた。
顔を見たけど知らない方だったので横切る。後で分かったが2番手の方の周辺。
恐らくパパビートで観たとかそういう話なのかな。
もしくはミゾとか田畑純子さんとか八王子組もロフトに出ているし、そういう関係か。
「面白い」とか「つまらない」とかまでは聞こえなかったが「まさか、本人が横切っているとは君達は思わないだろう」と通り過ぎた。

3番手のフレイヤさんは名前は知っていたがステージ観るのは初めて。
ラジオドラマのようだった。
小田原でギター弾いてもらう龍さんは元々はシンガーで、フレイヤさんは龍さんと知り合いで、同じくギター弾いてもらったお茶の水のオレのワンマンに来てもらった事がある。
でも、その時は挨拶しかしてないし、もう5年以上前の話だから、覚えてないだろうと思っていた。
が、シラフさんのステージで来年の惑わずの告知をするときに「主宰も来ているので」と話してしまった。
そしたらフレイヤさんから挨拶されて、しばし話していた。
覚えていてもらって嬉しい。
小田原に行っていいですか?というので「無料なので、どうぞどうぞ」と言っておいた。

シラフさんは曲を作るペースが早いので、最近は追いつかない。
白と黒の歌は始めて聴いたと思うが、印象に残った。良かった。


早々に店を出たが、帰ってこのブログを書いていたらこんな時間(もう日付が変わった)になったので、ワンマンの準備は明日にしよう。

ライブを準備するときは頭の中に靄がかかっている。
進むうちに靄が晴れてくるのだが、まだモヤモヤっとしたままだ。
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